「無限」とは、読んで字のごとく、限りがないということだ。「永遠に続く」「大きい」「果てしない」など、それぞれに抽象的なイメージを持って、違和感なく使っている言葉の1つであろう。この言葉に明確な定義をもたらしたのが、ゲオルク・カントールという数学者である。本書はカントールの生涯を中軸に、「無限」が数学の概念として認められるまでの波瀾を描いた作品である。
無限という概念は紀元前6世紀から5世紀の間に、ギリシャで発見された。ギリシャ人が無限の概念に出あったのは、ゼノンのパラドックスを通してだったと見て間違いない、とここでは記されている。では、数学になる前の無限は何だったのであろうか。それは神である。ユダヤ神秘主義において神を表すヘブライ語「エン・ソフ」は「無限なるもの」を意味する。そして、アルファベットの最初の文字であるアレフで始まる。神を意味するヘブライ語エロヒムもまたアレフで始まる。アレフという文字は神にそなわる無限という属性なのである。
カントールは、無限とは「部分と全体が1対1に対応すること」であると定義した。そればかりか、無限は1つではなく「無限に」たくさんあるというのだ。そもそも部分と全体が等しいとはどういうことか。この無限の集合論の帰結にカントール自身が、興奮しつつも途方に暮れていたようで、友人の数学者デデキントにフランス語で「我見るも、我信ぜず」という手紙を送っている。
この発見は19世紀の数学界からは、猛反発をくらった。特にベルリン大学時代の師であるクロネッカーは、執拗なまでにカントールの研究成果の発表を妨害した。そして、研究への行き詰まりもあいまって、彼は心はしだいに病んでいくのである。彼の病気についてわかっていることは、抑うつ状態になる直前、彼が決まって「連続体仮説」について考えていたということだ。精神病院への入退院を繰り返し、カントールは失意のままに亡くなるが、彼の意思を受け継ぐ数学者がいた。クルト・フリードリッヒ・ゲーデルである。ゲーデルもまた、無限にかかわる20世紀最大の難問「連続体仮説」の証明に取り組み、精神をむしばまれていった。
このように本書は、「無限」に魅入られ、そして闘った数学者たちの物語である。「数学の本質は、その自由にある」と述べたカントールをはじめ、無限を求める数学者たちの執念と苦悩が伝わってくるようだ。決して容易に読破できる内容ではないが、現代数学の発展に寄与した数学者たちの壮絶なドラマを、彼らと共に難問に挑みながら、読み進めるのもおもしろい。(冴木なお)
素人はただ驚き呆れるばかりの世界が広がっているなぁ、という印象
★★★★★
無限は無限にあるとか、実無限(無限をあるまとまったものとみなすこと)とか、実数は連続濃度で自然数は可算濃度であり実数のほうが自然数より多いとか、壮大な話といいますか、素人はただ驚き呆れるばかりの世界が広がっているなぁ、という印象です。
あと、個人的に面白かったのは数密主義ではテトラクテュス=四つの数の和が10になることから、10が神聖な数とされていた(1+2+3+4=10、 p.23)とか、ヘブライ語の神の名であヤハウェYHVHも十通りに並び替えることができるが、カバリストたちはさらに「エン・ソフ」という無限概念をもってきた、というあたりも興味深かったです(p.43-)。
ワイエルシュトラスの1, 14/10, 141/100, 1414/1000....という有理数の数列はルート2という無理数に収束する、というあたりも、すごいなぁ、と(p.86)。
入門によい
★★★★☆
カントールという奇才に迫ったドキュメント。数式記述が乏しいのは致し方ないが、残念であり点を欠いた。ユダヤ教の無限論を下敷にするカントール解釈は蛇足にも感じられるが、しかしそれが本書の奥行きでもある。
魅力溢れる男達
★★★★★
P217、ゲーデルがアメリカに亡命した際に夜間に外を一人でうろついていたので、
Uボートからの連絡を待っているスパイと思われた話は面白い。
中心人物はゲオルグ・カントールで、ガウス、リーマン、ラッセル、ヒルベルト、
ケンネッカー、アルキメデス、ガリレオ、ワイエルシュトラトス、コワレフスカヤ、
デデキント、ライプニッツ、アラン・チューリング、アインシュタイン...
数学本が好きな人たちならばどこかで聞いた事のある名前でしょう?
不完全性定理の凄く分かり易い比喩が在って素晴らしい。
カバラさえ出てくる。
この本、奥が深いよなぁ。
ダンテの神曲を読むのは難しいので「神曲 (まんがで読破)」で易しくどうぞ!
「連続体仮説」について知りたい人へ」
★★★★☆
無限について扱っている書物は数多くあるが、本書はかなりディープな掘り下げをしている。
とにかく「無限」に特化して、無限に関する多くの話を取り上げている。
数学を学んだ人ならば最低限無限に関する知識は持っていると思うが、本書ではあまり触れること
のない無限に関する知識を与えてくれる。
無限といえば解析学における級数や極限で扱うイメージが強いが、無限そのものがどれだけ数学の
土台造りの重要な研究テーマであるかを認識させられるのである。
特にカントールが精神を病んでまで取り組んだ「連続体仮説」の問題は、永遠に人類には到達できない
かもしれないとの思いを抱かされた。連続体仮説とは、簡単に言えば
無限同士にもその大きさには階層があり、最も小さい無限は有理数全体の集合であるが
その次の階層の無限は実数全体の集合である
との仮説である。本書の味わいを損なわないよう詳述は避けるが、とにかくこの問題は未解決である。
この問題の本質を少しでも知りたいと思った方は、一度本書を手にとって見て欲しい。
預言の書
★★★★★
この本は預言の書である。一見華やかに発展しているようで実は公理主義・演繹主義の不毛の地を徘徊している現代の数学者たち。そして彼ら有限なる者が強引に有限に引き摺り下ろした現代の「無限観」、あたかも「人が神の存在を証明した」などとのたまう、限りなく愚かな「合理主義」。それに対し、この本の著者は、本当の世界観は先ず無限を基にし、無限からはじめることにより、合理主義や数学、更に言えば文明観が正されることを訴えている。そしてそのときに規範となるのは、従来の「猿の作った数学」ではなく、神秘主義、神智学であることをはっきりと預言している。なぜならば、神がすべてを創り給うたからだ。この本の預言が実行されたとき、人類は真の幸福に至るであろう。