気持ちが落ちつくエッセイ
★★★★★
装幀がとてもよくて、それで買った。明朝体の文字が美しい。それから、ときには詩人の書いたエッセイが読みたいと思ったのだ。
内容は「私」「ことばめぐり」「ある日」の三部構成で、1980年代の半ばからおよそ15年間に書かれたもの。「私」がエッセイで、「ことばめぐり」は、朝、花、星などの言葉(テーマ)を掲げて、詩作に関して綴られている。「ある日」は日記形式で、日付を明記して、その日の行動について書かれている。全体に谷川さんの「素直な感受性」というものがいい。
次のような文章がよかった。
「私は現実の少年時代に戻りたいとは露ほども思っていない。だがその時代のラジオが、技術の古さにもかかわらず魅力を失わないのは、その過去の遺物に私たちが自分なりの物語を見いだしたいと思っているからではないだろうか。ラジオもまた歴史の細部のひとつとして、人間とは何かという自問へのひとつの答えを用意してくれる。」
「年とって分かったことのひとつは、考えには結論というようなものは無いにひとしいということである。結論と思ったものは、自分を安心させるためのごまかしだったのだ。だがそのごまかしは多分無益なものではない。ごまかしからごまかしへと生きていく間に、真実が見え隠れするからだ。」
「一編の小説の真価はその文体にこそ表れると信じている。ではその文体に表れるものはいったい何なのだろう。うまい言葉が見つからないが強いて言葉にするなら、それはその作家の生きる態度とでも言うべきものだろうか。」
「私は高いところから下を見下ろすのは、どうも人間を軽薄にするのではないかと思う。誰もが高いところに上りたがるのは、泥だらけ汗まみれの細部が見えないのが快いからではなかろうか。」