赦しへの道
★★★★★
この本は20世紀が戦争の世紀であったことに密接につながるヨーロッパ知識人が書いた偉大な前世紀の資料である。もともと、この本は、「ニューヨーカー」誌のスペシャルリポーターとしてアイヒマン裁判を傍聴したアーレントがニューヨーカーに送った原稿を本という形にしたものだが、この本の経緯やこの本に対する賛否はエール大出版が刊行しているHannah Arendt, For Love of the World:written by Elisabeth Young-Bruehl2004(第二版)に詳しいし、わたしはこのリズによる素晴らしい伝記によって学ぶことがたくさんあった。
わたしの師はシカゴ大学でアーレントに師事しその後ソール・ベローと懇意にしていたが、よく、わたしにこの本はトルストイの「イワンの馬鹿」が間違った方向へ行った最良の資料である、そう語っていたが、thoughtlessnessという言葉こそ、アーレントがアイヒマン裁判で得た人間の邪な部分に通じるものであることは間違いない。
しかし、ここでアーレントが語るforgiveness、これこそ、ユダヤ人であったキリストが伝道活動で人々に教えたことでもあるし、なにより、これはキリストを通じてユダヤ人がタルムードで語っている思想でもあるのだ。それにしても、多くの同胞が殺され、自らも娘の悲劇やすべての名声をはく奪されアメリカに渡った大指揮者ブルーノ・ヴァルターが、戦後ヨーロッパにわたって、あの天上の音楽のようなマーラーを振った時、そこには、深い祈りのような静寂さがあった。おなじようなことをアーレントは考えていたのだろうか。このthoughtlessnessへの答えとして彼女は「精神の生活」を書こうと思いついたのか、そこまではわたしは師に聴いていない。