著者はそのカギを握る「数学脳」が、生まれながらの能力なのか、それとも学習で身につくものなのかという素朴な疑問を解き明かしている。特に、数の多い少ないを判断する「数のモジュール」は生まれつきすべての人に備わっているという仮説から、教育を受けていない先史時代の人間や乳児が数をどう認識するかや、すべての人の脳に「数のモジュール」が存在するのか、するとしたら数学の得手不得手はなぜ生まれるのか、といった疑問を次々と検証する。
その過程は実に興味深い。たとえば、論理や分析などを行うとされる左脳を損傷した人は数をどう扱うのか、逆に右脳を損傷した人の場合はどうなるのかを、実際に脳に障害をもつ人の実験から探り、数を扱う脳の部位を割り出している。さらに、その部位が指の動きと連動していること、それが発達していてもけっきょくは意識的な学習訓練が必要なことなどを明らかにしている。数学は努力か才能かというよく俎上にのぼる疑問が、ここでついに解き明かされたと言える。
ただ、それ以上に注目したいのは、数学の不得意は苦手意識の所産であり、学校のカリキュラムが苦手意識を増長させている、と論じたところである。これは日本の教育問題の根幹にも触れるテーマであろう。それだけに、著者の唱える「熱意と努力に働きかけるカリキュラム」や学習の「良い循環」は、問題解決のモデルとして非常に示唆に富んでいる。
最近では数学の必要性が声高に叫ばれ、楽しく学べる一般向けの数学本が多数出版されている。そのなかで本書は、数学と人間の奥深い世界の謎を解いた読み物として際立っている。(棚上 勉)