もうひとつの環境を守るための啓蒙書
★★★★★
現在進行中の大絶滅が、過去に幾度となく繰り返された大量絶滅とは速度的・質的に全く異なる再生不可能性を帯びたものだということを導入として、客観的な立場から生物多様性の豊かさと必要性をやさしく解説している良書。
海は陸上と違って普遍的な溶媒である水界であるという特徴があり、それゆえに広範囲に連続して影響を相互に及ぼしあうことや、汚染物質を溶かし込んだ水が容易に生体内に入り込んで生命活動に影響を及ぼすこと、微小な卵や幼生が集中する海表面の厚さ50マイクロメートルの生態圏で有害物質の濃度が桁違いに増していること、海底が一時期考えられていた砂漠のような世界ではなかったことなど、知っているようで知らない海の生態圏や環境を、小学校高学年〜中学生のレベルでも十分理解可能な文章で、しかも過不足なく記している。
この手の環境関係の啓蒙書では、著者が環境イデオロギーに基いた「人間活動=悪」の安直な二元論や、科学万能主義に基づいた「海洋管理主義」の罠に嵌りがちだが、生物海洋学の第一人者である筆者は、最新の知見や事実を解説しながらも、海洋生物種を分類・把握する困難性を指摘し、「わかってきた部分」と「よくわからない部分」、「推測される部分」のそれぞれを勘案して、最終的な結論として、市場原理主義だけではカバーできない保護基準の作成・実施を地域組織や国際政治主導で補うモデルを提唱。人間活動と並存しながら次世代に生物多様性を遺産として引き継ぐための予防原則にもとづいた環境保護主義を理想としている。
しかし、政体を構成する人間が正しく現状を把握するだけの知識と見識を持つための啓蒙が経済的・メディア的な理由から不十分な現状では、既存の環境保護条約もその機能を不完全にしか発揮できていない。それを改善するためにも、このような教科書が、より一般に普及し、広く読まれることが望ましい。