リーマン予想からの進展、特にセルバーグ跡公式、に誘われる素敵な書
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この本は数学の最大の難問であるリーマン予想とその周辺の研究の進展の歴史を全4部構成で解説するもので、その第3部「リーマン予想からの進展」が核心部をなす。
そこでは、ゼータ関数の零点はあるエルミート作用素の固有値になるのではないかというヒルベルトとポリヤによる「固有値解釈」が成立する二つのゼータ族である「合同ゼータ関数」と「セルバーグゼータ関数」が詳しく解説されている。ここで特筆すべきは「セルバーグ跡公式」と「セルバーグゼータ関数」発見の素晴らしさの解説で、リーマンの明示公式の拡張である「ヴェイユの明示公式」と「セルバーグ跡公式」の類似性から、対応するゼータ関数の存在を察知したセルバーグの偉大さを実感できると思う。
セルバーグ跡公式をコンパクト空間(例えば、複素上半平面を双曲型のフックス群で割った閉リーマン面)に限定し、スペクトル項が離散スペクトルからの寄与になる場合だけを解説する入門書が多いが、本書では非コンパクトの場合の典型としてSL(2,Z)の跡公式が詳しく解説されており、非常に好感が持てる。放物型の共役類の存在が如何に理論を難しく(かつ面白く)しているのか、キーポイントとなる「実解析的アイゼンシュタイン級数のフーリエ展開」の素晴らしさとともに、ぜひ鑑賞して頂きたい。
ここまでフォローされた方に、「保型形式の数論」を続けて勉強される事をお薦めしたい。本書に直接関連する部分でも、「クロネッカーの極限公式」や「クズネツォフ跡公式と和公式」など、実に素晴らしい理論と応用がある。「数論II」(岩波)の9章と11章を一読された後、本橋著『リーマンゼータ函数と保型波動』やイワニエッツとコワルスキーの共著『Analytic Number Theory』(AMS Coll Vol53)の14〜16章などを参照されると、更に広大な展望を得る事ができると思う。
古典じゃない、今の数学だ!
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この本がすごいのは、今現在の、動いている数学を感じられることです。
著者はリーマン予想研究の最先端に立つ現役の研究者。
歴史的な難問であるリーマン予想を自分自身で解こうとしてきた気迫が感じられる。
それだけに、読者も最先端の気分を存分に味わうことが出来る。
その割には、説明は意外と丁寧でわかりやすい。
ちょっと手を動かして一緒に計算してみると、
最先端の数学が身近に感じられるから不思議だ。
こんな体験をさせてくれる本は滅多にない。お買い得だと思う。
すごい本が出た!
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現代数学最大の未解決問題と称される「リーマン予想」の,誕生から最先端までを解説した傑作である.
最先端といいながら,解説は平易に努められており,「複素数乗」の意味や,群論や線形代数の復習も
随所にちりばめられているため,数学好きな高校生でも何とか読みこなせる程度に仕上がっている.
(ただし,終盤のスペクトル理論などはかなり計算が難しく,すべてを忠実に追うのは困難だろう.)
第1部から第4部に分かれており,第1部は序章,第2部は歴史,そして第3部からが本論である.
特に第3部では,これまでにリーマン予想が解かれたゼータ関数として,合同ゼータ関数と
セルバーグ・ゼータ関数を挙げ,それらが解決された仕組みを詳しく解説している.
数学愛好家ならば,リーマン予想とセルバーグ・ゼータ関数が関係していることは,
これまでも様々な読み物で周知の事実として取り上げられたのを目にしてきただろう.
しかし,その理論的な関係を正しく理解することは難しかったのではないかと思う.
本書は,これまで疑問点のまま見過ごされてきたそうした部分を,徹底的に詳しく解説している.
中でも,セルバーグ跡公式は,数学科の大学院生にとっても理解に数か月かかるほどの難物であり,
これまで日本語の解説書がほとんどなかった.これが本書の第9章を丸々使って解説されている.
しかも解説は平易であり,代数学・幾何学・解析学のすべての分野から必要なエッセンスを
抜き出しうまく組み合わせて解説している.これだけの内容を独力で勉強するのはほとんど
不可能であり,著者の見識の広さと深さが感じられる一冊である.
進んだ高校生からすべての数学愛好家,さらに数論の大学院生の虎の巻としても
お勧めしたい良書である.