物語は、ウィリーとミスター・ボーンズが人探しのためボルチモアの街をさまよう場面から始まる。相手はウィリーに作家になるようすすめてくれた高校時代の英語教師。死期迫るウィリーは、飼い犬と、グレイハウンドバスのターミナルに隠してある自分の大量の原稿の引き取り手を必死の思いで探していたのだ。「とうとうウィリーはこれまで書いたことのない最後の1文を書き終えた。残された時間はもうわずかしかない。あのロッカーにある原稿の一語一語、それは彼がこの世に存在したあかしのようなもの。もしその1語でも欠けてしまったら、彼の存在自体を否定されたも同然なのだ」
ポール・オースターは、考えさせることで読者の感情を揺さぶるタイプの知性派作家である。死ぬ瞬間、ウィリーはあふれんばかりの言葉の海に向かって漕ぎ出していく。一方、残されたミスター・ボーンズはきわめて哲学的なことを考えだす。それはかつてウィリーが「ティンブクトゥ」と称した「あの世」のことだった。
ペットとしての生活が許されなくなったらどうなるだろう。いや、そんなことはありえない。だがミスター・ボーンズはだてに長生きしているわけじゃない。ちゃんと知っているのだ。この世の中、ありえそうにないことがいつだって起きる、なんでもありの世界だということを。だぶんこれもそのうちの1つなんだろう。でもこの「たぶん」ってやつの先には、ものすごい恐怖と苦痛がぶらさがっている。それを考えるたびに彼は言い知れぬ恐怖に襲われるのだった。