暗黒を求めて
★★★★★
うさんくさい小説やキモい小説の評論集。精神科医でありながら「精神分析」的な解釈を安易に行なわず、個々の作品の意味はないんだけど頭からはなれない気味の悪さ、の謎を読解しようとディープに考えていくプロセスがすばらしい。その合間合間に著者の個人的な体験が差し挟まれるようになっていて、つまりどの評論も、あくまでも「私」という存在の中にその作品のもつ「変」さに魅了されてしまう部分があることを率直に告白するような体裁になっている。その「私」の趣味嗜好のさらけだしぶりも立派である。
全体に、作品の内容紹介がとても上手で、要約だけで読んだ気になれるのもよかった。あらすじと引用と著者の解釈のバランスが絶妙なのだ。この著者の「狂気」の事例紹介の巧みさには感心させられることが多く、笑いと怖さの両方を一挙にもたらしてくれるのだが、本書では、その技術が様々な小説の「無意味」と「不気味」を丁寧に述べていく文章に応用されているといえるだろう。
まあ、基本的に暗鬱としたトーンが漂う作品なので、読書ですかっとしたい人には全くおすすめできない。世界のそこかしこに潜む暗黒を、自分の暗黒として受けとめそれを徒労感とともに思索してみたい人が読むべきだろう。癒されることはないが、世界の謎にもう少し近づくためにがんばってみようかな、という目立たない元気はかすかにわいてくるはずだ。