小説の冒頭で、孤児の少年フィリップ・ピリップ―― 通称ピップ―― は墓場でひとりの脱獄囚と衝突する。この恐ろしい脱獄囚はピップを脅して食べ物とやすりを盗んで持ってこさせる。もしもピップが一言でも他人に口外したら、「おまえの心臓と肝臓をえぐり出して焼いて食べてやる」というのだ。ピップは言われたとおりにするが、脱獄囚は捕らえられ、オーストラリアの犯罪者植民地へと送還される。
墓場から小説を始めたディケンズは、急にそこを離れて主人公をミス・ハヴィシャムのひっそりとした家へと向かわせる。ミス・ハヴィシャムは、裕福だが少し頭のおかしい女性で、何十年も前に結婚式の日に恋人に婚約破棄されて以来立ち直れないでいる。ピップは、ミス・ハヴィシャムに養育されるエステラの遊び相手としてそこに連れて行かれる。エステラはまだ幼いが、ピップのごつごつした手や鍛冶屋見習をする境遇を言い立てて彼をいじめる。
かの小品『A Tale of Two Cities』(邦題『二都物語』)もそうだが、『Great Expectations』はいつものディケンズ作品とは違う。ストーリーは暗く、ときに現実離れしていて、作者の得意なコミカルな登場人物とかコミカルな仕掛けもほとんど見当たらない。それでも、これは間違いなくディケンズの小説中最も魅力的なものである。ディヴィド・コパフィールドやマーティン・チャズルウィットとは違い、読んでいてもピップにとって物事がうまくいくとはとうてい思えない。ディケンズ本人も自信がなかったらしく、この小説には2種類のエンディングを書いた。