日本独特の「試験」制度の成立過程
★★★★★
「試験」について、その先進国であったドイツ、イギリスでどのように発達し、
修正が加えられてきたか、ということともに、日本独特の試験制度の成り立ちが
詳しく述べられていました。
試験でのみよい成績を取ることに汲々とすることが、全人格的な教育を阻害する種
になるとの、ある意味当然の危惧が、日本の教育制度の立ち上げ時代から認識されて
いたのだ、という記述からは、当時の日本人が如何に自分の頭で物を考える人たち
であったか、ということに新鮮味すら感じました。
それと同時に、某地方都市で勃発中の「学力テスト」問題の馬鹿騒ぎや
「PISA式学力」云々の報道を少し相対化して見ることができるような気がしました。
本書でもう一つ興味深かったのは、学校の入り口を主に重視してきた日本の試験制度・
学校制度と、日本が本当は手本にしたはずの諸外国での出口重視の制度の、あまりにも
大きな違いが描写されていたことです。
関係資料を、もっと色々読んでみたくなりました。
受験生いや学生全てが必読でしょう
★★★★☆
身近でありながらよく由来を知らない「試験」について啓蒙されるところが多
かった。受験生の親御さんにも是非お勧めする。ご子息をどういう由来の制度
へゆだねんとしているのか客観的に知ることも大切だと思える。
雑誌掲載の文章ゆえ表現は同時期に平行執筆された『教育と選抜』(『教育と
選抜の社会史』と改題して文庫化されている)より読みやすい。できれば併読
されたい。
明治期に整備された近代学校制度や試験制度が、明治以前の伝統とは人材資源
的にも人々の意識的にも断絶したところに成立したこと。
明治5年の「学制」で端緒についたわが国の近代学校制度は、紆余曲折をへて
官吏登用を主眼とした小学→中学→高等→大学という「標準的なパス」を順次
整備していくなかで、各学校の位置づけや「学級」「試験」の意味合いは微妙
に変化していったこと。わが国固有の卒・入校間の教育水準の不一致(期待学
力ギャップ)からくる「入試」が担う特有の役割や、明治30年代に具体化す
る「学歴」の重視(官僚や専門的職業が「学歴」と結びつくのは西洋でもみら
れた流れだが、企業(ホワイトカラー)と学歴の結びつきは欧州でもごく最近
までみられかったという)。
「増補」ゆへ巻末に「補論 試験の近代・テストの現代」を納める。最近の著
者の関心が伺える。主にM・フーコーに依って、試験、学校制度=監視装置論
をデッサンしている。ボランティア活動歴の有無などを問う最近の「個人性」
評価についても「脱近代化」とみるより、監視制度の「精緻化」としての危惧
を述べており興味深い。