一方に、東京裁判、中国共産党、大新聞の「大虐殺」説に疑問を抱く人々もいる。阿羅健一『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館文庫、2001年)は、その疑念を晴らすために、当時南京にいた日本軍人、外交官、ジャーナリストから直接証言を求めたものである。ジャーナリストの櫻井よしこは、同書に寄せた「推薦のことば」で「関係者の体験談を集めた第一級の資料」と評している。 ひるがえって『中国の旅』『ザ・レイプ・オブ・南京』などが証拠としている写真は、はたして「第一級の資料」であったかどうか。本書の著者、東中野修道たちのグループ「南京事件研究会写真研究分科会」が、平成14年春から3年間をかけて、虐殺派の書物に掲載されている写真を検証しようとしたのは、「大虐殺説」に納得できなかったからだった。
著者たちが見た写真は3万枚を超える。この中から南京事件の証拠とされている約140枚を選び出し、撮影者、撮影場所と時期、キャプション、出所・提供者など写真の特性を洗い出しているが、科学的とさえいえる検証作業の結果、南京大虐殺の「証拠写真」として通用するものは1枚もないことがわかった。
虐殺派が証拠とする写真の源流は『外人目撃中の日軍暴行』(編者は国民政府顧問ハロルド・ティンパーリ)と『日冦暴行実録』(国民政府軍事委員会政治部編)とされている。この2冊は1938年8月、国民政府が戦争プロパガンダ用に刊行したものだった。著者は「私たちは『虐殺があったか、なかったか』を検証しようとしたのではない」と言っているが、写真は必ずしも第一級の歴史資料たりえないことを証明した意義は大きい。(伊藤延司)