【セブン-イレブンで24時間受取りOK・送料0円!】 著者/訳者名:エミール・ゾラ/著 伊藤桂子/訳 出版社名:論創社 発行年月:2002年11月 関連キーワード:ボヌール デ ダム ヒヤツカテン ぼぬーる で だむ ひやつかてん、 ゾラ,エミール ZOLA,EMILE イトウ,ケイコ ぞら,えみーる ZOLA,EMILE いとう,けいこ、 ロンソウシヤ ロンソウシヤ 9249 ろんそうしや ろんそうしや 9249 消費社会の起源を刻明に描いた百貨店の物語。ボヌール・デ・ダム百貨店、120年ぶりに新装オープン。ゾラが見た消費の神殿。くりひろげられる魅惑・労働・恋愛、本邦初訳・完訳版。
リアリズム溢れる描写
★★★★★
百貨店の興隆そのものこそがこの小説の主人公である。
流通・販売の仕組み、ディスプレイの様子、従業員の就業実態、消費者の姿、当時の女性達の購買意欲をそそった品々、その他にも百貨店に関する多くの事柄を
上手に小説に溶け込ませており、ストーリーを楽しみながらもそのまま時代のワンシーンを知ることの出来る貴重な資料的小説だ。
万引きや病的なまでの衝動買いなどには時代の隔たりを忘れさせる共通性があって、思わず考えさせられてしまう。
もちろん周辺事情の描写にも手抜かりはない。
既成の枠にとらわれず芽を出すものがあれば固定観念やプライドが邪魔をしてその流れに乗れないものもあるわけで、
ゾラはその冷静な筆でこの二つの価値観の対立と終着点を鮮やかに描き出している。
それが一番よく表れているのがムーレ経営するところの大型百貨店「ボヌール・デ・ダム」に気押されてそれまでの商売では太刀打ち出来なくなり、
とうとう店を閉めざるを得なくなる昔ながらの個人商店の衰退の描写だ。 彼らは百貨店の存在を決して認めず、頑ななまでに自分のやり方を貫こうとし続ける。
商品は埃を被り客足の途絶えた店内は静まり返り、薄暗い。もはや破産に向かっていることは認識しているが、考えを変えようとはしない。
そのような個人商店主達の姿には、時代の奔流にのみ込まれるしかない者の悲哀が漂う。
しかしゾラは百貨店の成功を褒めあげるわけでなく、個人商店の衰退を貶めるわけでもない。どちらにも肩入れしないその眼はあくまでも公平で、冷静だ。
郊外型大型店舗やネットショップの出現により、これはおそらく現在でも日本(…に限らないかもしれないが)のどこかで
毎日のように起きている現象だから、その慧眼には驚く。ゾラ自身は100年後を予想したつもりはなかったとしても。
私自身、同じ様な運命を辿った小売店経営者の子供だったから、ドゥニーズの叔父・ボーデュの気持ちが痛いほど解るし、
そのさびれた店内や埃の被った陳列品の容赦ない描写には、昔の我が家を思い出して胸が痛むほどの、恐ろしいほどの真実味を感じる。
「ボヌール・デ・ダム」に真っ向から戦いを挑む、元店員にして今は独立した個人店主・ロビノーの奮闘も同様だ。
資本力で全く歯が立たない相手に値下げ競争を吹っ掛け、結果、店は決定的な痛手を受ける。破綻を予感したロビノーの絶望には哀れを催す。
それはさておき、この小説は貧困や病や不条理や狂気や妄執といった人間の業みたいなものを冷静に、鋭くえぐるように書き続けたゾラにしては珍しく
幾多の悲惨さや暗さが大きく緩和され、しかも女主人公が幸せになる恋愛を織り込んだ作品なので、私には異色の明るさを放っているように見える。
もちろん病的なまでに高まる人々の消費意欲が大きなうねりとなって立ちはだかり、終始曇天のように垂れこめているのだが、
「ボヌール・デ・ダム」の売り子である優しく善良で清純な娘・ドゥニーズの存在で作品全体がかなり明るくなっているのは確かだと思う。
ムーレを愛しながらもその金や権力や誘惑に屈せず、それゆえかムーレをいっそう強く惹きつけるドゥニーズ。
自分の良心に従って、素朴ながらも誇りを持ち生きる彼女の存在にはホッとさせられる。
それにしても自分の百貨店の魔力に魅了されて商品に群がる、という形で多くの婦人達を征服しながら、
たった一人の、それも何人といる自分の従業員にすぎない一介の売り子の心をつかめなくて苦しむムーレの描写がいい。
あるがままの感情の動きを包み隠さず表現しているので、ムーレの葛藤が生で伝わってくる。
ゾラのこういった人間の生理や衝動をストレートに表現するところがとても好きだ。
紙の上に書かれた架空の人物のはずなのに、その体温を感じるのだ。つい俗な気持ちでハラハラしながら見守ってしまう。
好きな人が自分のものにならないのなら金があっても何の役にも立たないと想いを募らせるところなどは妙に説得力がある。
巨万の富を手にしてなお手に入らないもの―それが好きな人の心だったって…う〜ん…心憎いな、ゾラ。
フランス語は門外漢なので原書のニュアンスは解りようもないのだが、他社の版と読み比べて二度楽しめる。
これまで入手出来なかったゾラ作品が近年次々と翻訳され、ルーゴン・マッカール叢書がついに全部揃ったのはとても嬉しい。
決して明るいとは言えない一族の物語のなかで、私にとってこの作品だけは読んでいて緊張を強いられず、ほっと一息つける貴重な一冊だ。
きらびやか…のようにも見える…
★★★★★
初めて読んだゾラの小説が、この本でした。(あとがきの“ハッピーエンド”という言葉に魅かれて…)
感想としては、まず、読みやすいです。ボリュームの割りに読みやすかったです。
あと、当時のフランスの百貨店の様子が綿密に書いてありますので、興味のある人が読めば面白く感じると思います。
ドレスの様子、異国から輸入された絨毯の様子、そして主人公の目を通じて見えるそれはそれはきらびやかな百貨店の様子…
女性作家の書くような細かな百貨店内の描写ですが、そこはやっぱりゾラ。
なんとなくさっぱりしていると言いますか…
私自身が恋に関しては未熟者なゆえ、時々主人公たちの気持ちを理解する前に話がどんどん進んでしまったこともありましたが、やっぱり面白かったです。
林真理子の小説のよう
★★★★★
現代日本で働く女性の希望と絶望、恋愛模様を描かせたら、右に出るものはいない林真理子。19世紀のゾラは、男性でしかもファッショナブルな業界人でもないのに、ものすごく綿密な調査の成果で、林を彷彿とさせるような、女性が主人公のわくわくする小説を書いていた。そして連載小説でもあったので、スタイルとしては本当に林の小説かと思うような、飽きのこない読みやすさである。当時の関係者の給与明細もとりよせて、あくまで販売店の現実を描こうとしたのだから、本当に優れた資料を残していってくれたともいえる。
ドゥニーズは、ゾラが最も感情移入し、愛情をもって描いたヒロインであろう。彼女が、壮絶ないじめを受け、寒い屋根裏でふるえ、合わない靴のせいで気絶しそうになりながらも、必死に売り子としての暮らしを立て、しかも2人の弟も育てる様子を、感動をもって描いている。
そしてこの小説の本当の主人公は、まるで生き物のように、財力をつけてきた中流階級の女性達の財布を思いのままに空にさせ、近辺の小売業者をえもいわれぬ悲劇に追い込む、百貨店という怪物である。なるほど、返品システムはこのようにして発明されたのか、など、本当にへえーと思うこともたくさんあった。
ムーレとドゥニーズの恋愛も、はらはらどきどきしながら読める。また、特に男の、意地悪くオシャレで、旺盛な出世欲にあふれたパリっ子そのものの、売り子たちのキャラも立っている。
幻の名著が120年の時を経てついに完全翻訳
★★★★★
そう、あれだ。『デパートを発明した夫婦』(鹿島 茂 講談社現代新書)にたびたび出てくるあの本。誰もが読みたいと思いながら、なぜか巻末の参考文献になく、本屋でも見つからない、幻ではないかとも思われた本。見つからないわけだ。なぜなら、2002年になって初めて完全翻訳、出版となったからだ。
しかもこの作品、人をさんざん待たせたうえに、なんと560ページを超える素晴らしいボリューム。いかにも幻の名著らしい、堂々とした登場の仕方である。
これはもう手にとって見るしかない。そして、ズシリ、とくるその重みが120年の歳月だと思うのだ。