地下室の手記
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この本について
実に勢いのある優れた翻訳だと思います。他の訳者で何度も読んだ作品ですが、今回この新訳で改めてこの作品の持つ力を感じました。
若干の誤植を訂正し、またほんの少しですが、元訳文の勢いを削がない程度に表現を改めた部分があります。
また読みにくい漢字には適宜ルビを振り、いくつかの注を「割り注」の形で入れました。
「地下室の手記」について
ドストエフスキーは、1821年にモスクワの貧民救済病院の医師の次男として生まれました。ロシアが生んだ最高で最大の作家として、トルストイと並び称されています。
特に晩年に立て続けに発表した五大長編(「罪と罰」、「白痴」、「悪霊」、「未成年」、「カラマーゾフの兄弟」)は、最も影響力の強い作品として、現在でもさらにその存在価値を高めつつあります。
そして、これら五大長編を準備する作品として、この「地下室の手記」が大きくクローズアップされています。この作品で萠しかけた芽は五大長編で成長し、大きなテーマとなって深められていきます。
……僕はまた、二時間の間、僕がこの人間と一言も言葉を交わさなかったこと、まったくその必要があると考えなかったことも思い出した。なんと僕はなぜかさっきまでそれでいいと思っていた。ところが今、突然はっきりと見えてきたのだ。愛もなく、野蛮に、恥知らずに、真実の愛の頂点となるところからいきなり始める、女を買うという行為の馬鹿げた、蜘蛛のように忌まわしい意味が。僕たちは長い間そうして互いを見ていたが、彼女がその目を、僕の目を前にして伏せないし、その目つきを変えないので、最後には僕はなぜか恐ろしくなった。……
(本書 第二部6よりの引用)