ミステリとして★★★小説として★★★★★
★★★★☆
「終わりなき夜に生まれつく」の題で訳本が出ているこの本は、クリスティの推理小説の中では少し毛色の変わった作品です。まず最初に客観的な評価を言うと、推理小説として読んだ場合には、何か違和感のようなものを感じて期待外れに思われる方が多いのではないかと思います。私も最初に読んだ時には、「犯人は誰か?」とか「動機は?」「トリックは?」というような事を考えて読んでいたので、たいして面白いとは思いませんでした。他のクリスティの名だたる傑作の数々と比較すると、かなり見劣りがする観は否めません。もともとは短編として書いた話を膨らませて長編に仕立てているので、ややもするとテンポが冗長に感じたり、とりとめもなく散漫な主人公の一人称の語り口を退屈に思うかもしれません。でも、一見ストーリーとは何の関係もないように見える主人公のこの「風に流されあてもなく放浪する浮き雲」のような語りと性格こそがこの物語の本質なのです。この本はもう30年くらい前から何度も繰り返し読み続け、ついには原文で読んでみたいと思い原書を購入しました。読み返しているうちに後からじわじわと来る作品です。そしてクリスティには珍しく情景が目に浮かぶような叙情的なシーンが多く、特に心に残っている場面は中盤で主人公の妻がギターを弾きながら題の元になったウィリアム・ブレイクの詩を口ずさむところです。「夜ごと朝ごと みじめに生まれつく人あり 朝ごと夜ごと 幸せとよろこびに生まれつく人あり 終わりなき夜に生まれつく人もあり」 読者の間ではあまり評価が高くない作品ですが、クリスティ本人は自選ベスト10のひとつに挙げています。ちなみにその他のクリスティ自選ベスト10は(順位はなし)……そして誰もいなくなった/アクロイド殺し/オリエント急行の殺人/予告殺人/火曜クラブ/ゼロ時間へ/ねじれた家/無実はさいなむ/動く指