「昭和」へのほのかな憧憬をつづる
★★★☆☆
本書は内田樹のエッセイ集だ。どうせまたブログ本だろ?と思うなかれ。
本書に収められているのは、さまざまな媒体に氏が寄稿した文章をまと
めているものであって、けしてブログから引っ張ってきたものではない(ま、
本人がブログに再録したものもあるのだが…)。
ここの点には二つのメリットがある。一つは、多様な読者に発信している
ため内田氏本人がブログのいつもの文章よりもいくぶん構えて書いてい
ると思われるところだ。最後に収められた鷲田清一に依頼されたカミュ論
にしろ、他者からの依頼をまっとうしようという使命感が感じられる。いや、
べつにいつもいい加減なこと書き連ねているというわけではないんだけれ
ど。いつもならババッと飛ばしぎみに箇所も、懇切丁寧に説明している。そ
のため一段落も長い。文体が「正装」をしてるといえばいいだろうか。
もう一つは、依頼された原稿であるため、書くネタが他者によってすでに決
まっているということ。人間易きに流れるというもんで、ブログだとどうしても
自分の書きたいこと、書きたい形式、書きたい問いに隔たりができてしまう。
その点依頼主が「内田氏本人以外」だと、いつもとはまた別の視点が楽し
める。内田氏の中に実はあったビーチボーイズへの思想的な恋慕や、白川
静の深遠な知性への畏怖など、普段ブログではあまり書かない(書いたこと
はあるかも?)内容の小論も収められているのだ。
本書のテーマは「昭和」である。内田氏が「昭和人」と定義するのは、敗戦を
十代そこらで経験した人たちのこと。人生の真ん中で「断絶」を経験し、内な
る葛藤を抱いたまま、戦後復興を成し遂げていった彼ら「昭和人」たちへの、
内田氏の尊敬の念は計り知れない。彼らの「エートス」は今や戦後民主主義
という蔑称によってカテゴライズされる遺物としてかろうじて残っているのだろ
うけれど、この本の全編を覆うのはそのような遺物、「いたたまれなさ」への
憧憬に他ならない。
面白い!
★★★★☆
様々なお題目のもとに、著者の見解を述べたてる。
いわゆるエッセイですが、それだけには終わらない該博された知識。また、ただ小難しい理論にも終わらない現代性もあり、非常に心地よくも考えさせられる本でございました。
エッセイ嫌いの人にもおすすめです。
アルベール・カミュ論がよかった
★★★★☆
人を激昂させることに関しては天下一品と
内田氏は自らのことを評していたと思います。
最終章「アルジェリアの影」は、
自分の哲学の重要性を自らの行動によって証明して
しまったカミュが、知識人たちを、はじめ激昂させ、
次いで口をつぐませ、やがて鬱陶しがられ、
厄介払いされていった過程を描いています。
この内田氏の言説も、きっとある業界の人々を
激昂させ、無視される運命にあるのかもしれません。
しかし、圧倒的多数の一般読書がどちらを(カミュか
排除した側か)今後も愛し続けるかは明らかでしょう。
内田氏のカミュ論は何度読んでも気持ちがいい。
ためらいの倫理学―戦争・性・物語 (角川文庫)
にもアルベール・カミュ論が掲載されています。
知的な刺激と斬新な視点
★★★★☆
知り合いに勧められて手に取った初めての「内田樹」本は、知的な刺激と斬新な視点に溢れていた。
本書はそもそも、作者が2006年か2008年までに様々な媒体に寄稿した作品を集めた本であり、その成り立ちから当然の事ながら、取り上げられるトピックは、鉄腕アトム、団塊の世代、北京オリンピック、ロストジェネレーション、ワーキングプア、高校教育、等、多岐にわたっている。
しかし秀逸なのは、それぞれのトピックや問題点に対する視点・視座である。以下に、ここだけ抜き出したのでは視点の鋭さが伝わらないことを承知の上で、一例を挙げる:
>貧乏は心理問題。「相対劣位にあることから心理的な苦しみを受けることを「貧乏」という。
>私たちが勝負事に熱中するのは、勝つためではなく、「適切な負け方」「意義ある敗北」を習得するためである。
>「やりがいのある仕事」と呼ばれているのは、仕事をしている当の本人がその仕事のもたらす利益の排他的受益者であるような仕事。
>私たちは自分の能力が高く評価されてそこから受益下と言う事実を、他人の能力が低く評価されて利益を失ったというゼロサムモデルに基づいてしか確証する事ができない(私たちは構造的に弱者を必要とする)。
>テレビでよく使われるの「こんなことが許されてよいのでしょうか?」という言葉は、「先取りされた責任放棄」のこと。
事象に対する視点に加えて、それを表現する言葉が鋭い。橋本治の「こねくりまわした」感じとは反対の、正面から「ぶった斬る」感じの文体。言葉というモノがこんなにも鋭利で深くなることに、素直に驚いたとともに、自分が使う言葉が、まだまだ考え抜かれていない、と反省。
久しぶりに、ビジネス関係以外で、知的に刺激を受けた本。若干難しいので万人受けはしないが、読めば世界観が広がる事間違いなし。お勧めです。☆☆☆☆
全日本人必読の、警世の書
★★★★★
エッセイだが中身が濃く、何度も読み返して考えることのできる本。
何よりも、いま世間を覆っている俗論に鋭く切り込んでいるところがいい。
特に、教育や大学の在り方がビジネス用語で語られる現状に、
強い危機感を表明している点を評価したい。
今、そういう人間は絶滅しかけているからである。
全てがビジネスマインドで語られるところに、
日本社会における最大の問題がある。
「教師は能力が高くなくてもいい」という主張などは、
「プレジデントFamily」に振り回されている親たちに、ぜひ読んでもらいたい。
今、こういうことを言える人間は貴重だ。
ところで、著者がこのような視点を保持していられるのは、
もちろん力量もあるが、一つには挫折を経験していること、
そして地方の女子大学という、権力から遠いところにいることも大きいのではないか。
お金と権力は人間を堕落させる。
世の中、うまく生きる人間や体制の御用学者が多すぎる。