そのスピリッツこそ「革命」と呼ぶのに相応しい
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バーミヤンの仏像破壊まで忘却の彼方にあったアフガニスタン。ソ連侵攻、内戦、そして疲弊したこの国にとどめを刺すかのような米軍の爆撃。困窮と憎悪が何百万もの難民とともに生み出された。それを私たちは憶えているだろうか。知っているだろうか。緒方貞子(国連難民高等弁務官)を送り出した日本の私たちは…。
タリバン政権下のアフガニスタン女性は前時代的な厳しいイスラム法によって苦しめられた。いや、その前のムジャヒディン連立政権が成立時に既にそうなっていた。「アメリカのタリバン打倒で人々は解放された」とまことしやかに語られてきたが、とんだ大嘘、プロパガンダに過ぎないことは、今や明らかになった。
ソ連侵攻前に、女性の地位を確立すべく立ちあがったのがアフガニスタン女性革命協会(RAWA)である。革命という言葉を、短絡的に社会主義を連想するように飼い慣らされてきた私たちは「怖い」と反応してしまうが、RAWAの言う革命とは、女性が男性と同じように教育を受けられること、外出できること、仕事に就けることであり、そんな当たり前のことが実現されたら、アフガニスタンにおいてそれは革命なのだという。日本でも欧米でも、「革命という言葉をやめれば支援がしやすいのに」と言われるそうだが、創設者ミーナの付けたこの名称を「変えるわけにはいかない」と言うメンバーの言葉を私は忘れることができない。革命という言葉の持つ意味を再考しなければならないのは、むしろ私たちであり、世界の方なのだ。
RAWAは今なお実現されぬままの女性の人権を求めて闘っている。為政者にとって都合の悪いその活動は非合法化され、弾圧されている。嫌がらせに始まり、逮捕、誘拐、拷問、暗殺と言ったリスクを負いながらの闘い。そのスピリッツこそ「革命」と呼ぶのに相応しい。