辞書を作るのは大変です
★★★★☆
私がいつの日か自分の書棚にずらりと並べたい本のシリーズはいくつかありますが、そのうちの一つが日本国語大辞典です。その憧れの辞書の編集委員をやっている著者が、自分の仕事について語った文章が本書にまとめられています。
日本国語大辞典は「用例」が多く収載されていることが特徴です。それがなぜかは著者の主張を読んでいただくとして、その用例収集が大変です。とにかく本を読んで「この言葉はあとで使うかもしれない」というものをカードに書き出して集積していくのです。とんでもない手間です。
本書でけっこうなスペースを取って紹介されている「心持ち」と「気持ち」に関する考察も面白いものです。「心持ち」は13世紀頃、「気持ち」は15世紀頃から使われるようになりました。意味はほぼ重なっていますが、微妙に違う使われ方をしています。「気持ち」がどちらかというと俗語表現だったのです。それが明治時代になると「心持ち」が日常語となり大正には「気持ち」の俗語性が薄れてきます。そして昭和になると「気持ち」が「心持ち」を駆逐してしまいます。この歴史的な流れを用例を積み重ねることですっぱりと明らかにしてくれると(別にそれが私の役に立つわけではありませんが)なんだかすがすがしい気持ちになります。
そうそう、用例抜きの国語辞典の弱点として著者が挙げている例も面白いものです。たとえば「水泳」を「およぐこと」とだけ言い換えている辞書を参照した人が「魚が水泳している」と書いてしまわないか、と言うのです。これはおかしいですよね。ではあなたが辞書を編纂するとして「水泳」の項目をどう記述したら「魚の水泳」を予防できるでしょうか?