読者を選ぶでしょう
★★★☆☆
太極拳について一通りの知識をお持ちで、自分の太極拳を客観的に見ることのできる方にとっては、おもしろい本ではないでしょうか。
本書の趣意は太極拳の起源と原型を探ることです。用架と行功(行架)という区別を用いて伝承内容の洗い直しを行い、楊式太極拳こそ正統の太極拳であることを主張しています。巻末の方では、張三丰と王宗岳に帰される文章も詳解されています。通説の陳式起源説に疑問を呈する人は以前からいましたが、このように真っ向から否定した本を私は寡聞にして知りません。本書の内容を理解し、おもしろみを感じるには予備知識が前提となりますし、部分的には実際に練習していないと理解しにくいと思われる内容もあります。しかし、各伝人の継承内容、各派の比較、太極拳の用法などに興味のある方にとっては、参考になるところが多いでしょう。特に架式の意味を考える上では、用架と行功という区別も含めて、得るところが多いと思いました。
一方で、しばしば武式に言及する割には調査不足に思われるなど、疑問を幾つか感じました。また、器械套路について述べられていないことは、紙幅の制限があるにしても片手落ちの観があり、残念です。しかし一番の問題は、intellectual modestyに少し欠けていると感じた点です。著者の文章には「真実はこれだ」的なところがあり、労作の価値を損なっているように思います。結論ありきの主観論だと解釈されかねませんし、知識が十分でない方であれば、著者の主張は門派の優劣論だと理解するでしょう。通説に反論するわけですから、賛否や正誤の判断は次に譲り、まずは主張そのものが正確に理解されるような配慮が、もう少し必要だったと思います。
そういったハードルの高さを考慮して、☆は3つ。そのハードルを越えられれば、楽しめる本ではないかと思います。