人格障害概念を強く肯定する立場
★★★☆☆
本書は,文献的展望の部分と簡単な症例が示されている治療的議論の部分から構成されている。前者の部分で大きく扱われているMillonの理解は,現在の米国精神医学会の診断基準における人格障害の分類の基礎となったものであり,その重要性は疑うべくもない。著者自身が「まえがき」において本書がMillonの本の翻訳書のようになってしまったと述べている通り,本書の大部分はMillonの大著の「要約」である。これは,それなりに役に立つけれども,著者の学者としての姿勢には疑問が残る。
本書では,人格障害患者の臨床について徹底して肯定的な見解が示されている。人格障害に対して精神医療が積極的に取り組むべきだという主張には,私も大賛成なのであるが,著者の楽観的に過ぎる態度には違和感が生じる。これについてここに2,3のコメントを記したい。第一に,人格を扱うということへの特別な配慮が希薄だということである。患者の人格をまず尊重しようとすることこそ,人格障害を扱う者が第一に心得るべき条件だと思う。第二には,人格障害概念がまだ未熟な段階にあることが確認される必要がある。もちろんこれは,この概念を使うことが有害だというのではなくて,別の理解もありうる含みをもったものとして扱うべきだということである。第三には,人格障害の治療を称揚しすぎだと思う。人格障害の改善のための道筋には,治療のみならず他の多くのものがある。世の中の人格障害の特性を持つ人々は,ほとんどが治療を受けずに人生を渡っており,少なからざる部分が軽快していると考えられる。学校,職場,刑務所ででも,回復の契機が得られるものなのだろう。格障害の治療は,治療者にとって腕の振るいどころではあるが,人格障害に対する治療効果はさほど明瞭ではない。著者は一般への影響力の強い精神科医である。読者に治療の効果を過信させてはならないと思う。