ケンプよりもずっと技術的に安定し、難しいパッセージをミスなく演奏するピアニストはたくさんいると思う。
高度な技術を必要とされる箇所が多いシューマンの作品をそのケンプが弾いているのがこのボックスセットなのだが、これが実にいい。
例えばピアノソナタの2番などを聴くと、かなりふらふらした演奏をしているし、テンポもシューマンの要求している速度に達しているとは思えない。が、しかし、そんなことがどうでもよくなるような、歌を思わせるような演奏が聴ける。力が入りすぎなくらい力が入り、指の回転が先にくるような演奏とはまるで逆の演奏なのだが、それが実にいい方向にいっているとしか思えない。ミスも確かにあるのだが、あくまでも個人的な感じ方で恐縮ではあるが、音楽としては「正確」と感じさせられる。
白眉なのは「子供の情景」と「森の情景」。一つ一つの音を噛みしめるように、大事に弾いているさまは、ほんとうに子ども（孫？）相手に話をしている優しげなおじいちゃんのようだ。しかも、そのおじいちゃん自身もまた自分の子どもの頃の風景を思い浮かべながら語りかけるような雰囲気も素晴らしい。
ベートーヴェンを弾いているときのケンプとはまた違う魅力が満載のケンプのシューマンのセットである。