言語という文化
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印欧言語の一般的な特性を説きながら、ゲルマン語族の祖語から現在に至るまでの文法的、あるいは音韻の変化を比較し詳述した労作。先ず興味が惹かれるのは、ひとつの国で伝統的にふたつ以上の言語が話されている場合、例えばベルギーやスイスにみられるように、それが政治的な理由で強制されるのでない限り、自然淘汰されてひとつの言語に統一されるということは決して起こらないことだ。これについて著者はベルギーを例に挙げて、かなりのページを割いて言及している。ベルギー政府は公用語をオランダ語、あるいはフランス語のどちらか一方にすることは念頭に無いし、また恐らくそれは不可能だろう。それくらい言葉は歴史を引きずり、土地と住民に執着した頑固な文化なのだ。
また単語の音韻の変化が世界的な規模で殆ど規則的に起こり、そして更にそれが文法の変化にまで拘ってくる事実も興味深い。以前ラテン語やロシア語に存在しない冠詞が、ドイツ語では非常に重要な働きを持っていることに疑問を持ったことがあった。それがこの著書では名詞の語尾の音韻の弱体化によって必然的に起こるものと理解できる。つまりラテン語では名詞、形容詞の語尾の格変化が明瞭である為に冠詞は意味を成さないが、ドイツ語ではアクセントが語頭に移動する傾向があり、おのずと語尾の曲用が目立たなくなってしまう。それを強力に補うのが冠詞、不定冠詞の格変化であり、前置詞や動詞の格支配につながるのだろう。
全体的にかなり踏み込んだ考察がされていて、ゲルマン語をより深く理解したい人にとっては優れた内容の研究書だが、一般向けの教養書としてはいくらか専門的になり過ぎた嫌いが無いわけでもない。