学問としての翻訳
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翻訳というと学問の分野ではなく、どちらかというと職人的な分野として認知されてきたと思われますが、この文献はアカデミズムとしての翻訳の確立を目指す画期的な入門書といえましょう。その点で言えば、これは翻訳家になりたい人や「どのようにいい翻訳ができるのか」といった実用書とは違い、「翻訳とは何か」という哲学・思想的な問いがどのように考察されて来たかということに焦点があてられていると思います。
テキストは学部生から院生までを対象としたコースでの使用を念頭にデザインされているので、学生としても教師としても使いやすい形となっています。例えば全11章の始めには鍵となる概念がリストアップされ、本文がそれをフォローし、最後に章の要約と議論・研究のポイントが紹介されているというかんじです。参考文献・ウエッブの紹介を含めて今後の研究への指標となるでしょう。
翻訳のソース・ターゲット言語はヨーロッパ言語がメインであることはしかたがありませんが、例は政府の文書から、旅行のパンフレットそしてハリーポッターまで様々なジャンルに横断しています。内容は、先述したように哲学的問いに満ちており、翻訳研究が言語と文学・現代思想、社会学にまたがる学科横断的な特徴があるので、フェミニズム、ポスト構造主義・ポストコロニアリズムなどで使われるコンセプトを知らない、または抵抗がある方にはテキストの後半部がきついかもしれません。いずれにしろ、翻訳を単なる意味の対応を又は意訳か直訳かというレベルを超え「文化・コンテキスト」という視点からみなけらばならないということでは、今後の翻訳のあり方に対して一つの方向をまとめていて、非常に参考になると思われます。