美文のかたまり?
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まず、「Madame Bovary」だけで検索すると必ず英訳版が先に現れてくるので、原文フランス語にありつきたいなら、英訳じゃないかどうか必ず確認する必要がある、ということに注意しよう。もっとも、今ではウィキペディアのフランス語サイトを出せば、いとも簡単にフランス文学の古典は原文で読めるんだけど。このフォリオ版は間違いなくフランス語であるので、その点は安心できる。まるっきり真正のものかどうかは知らないが。
この小説、美文で作られた小説のお手本のように言われているし、確かにそうなんだろう。でも、必ずしも優美なだけじゃない。後のジェイムズ・ジョイスのお手本になったということからも分かるように、クズみたいな文章を再利用して作り上げた古典なのである。その方向性は、遺作の「ブヴァールとペキュシェ」ではさらにはっきりしたものになる。
卑俗な主題、卑俗な材料からここまで美しいものを作り上げてしまったというのが凄いところなんだ。だが普通の日本人は、結局翻訳を通してしかそれが分からない。原文を読んでも、結局、巨大な記憶のバックボーンがないと語感なんか分かるわけがないと知ることになる。だがそれは仕方ないこと。まずは翻訳を通じて、言葉の良さを知ることができる。以下にあげるのは、私が思うところの名文句たちで、日本語訳は岩波の伊吹訳。(アクサン記号等書けませんでした)
「ああ、なぜ結婚なんかしたんだろう」
Pourquoi,mon Dieu! me suis-je mariee?
「でもその人生は、お別れしてからあなたには幸福だったでしょうか?」
A-t-elle du moins, reprit Emma, ete bonne pour vous depuis notre separation?
「われわれも今に理解しあうようになりますよ!」
Nous finirons par nous entendre!
上に挙げた部分以外にも良いところはたくさんある。なかでも、死にかけている主人公に司祭が塗油するあたりなど、ものの見事な韻文である。