三式戦関係では最良の書
★★★★★
この手の本を書く人もピンキリで、掛け値なしに賞賛できる本を書く人はごく少ない。
そのごく少数の中でもずば抜けていると思えるのが渡辺洋二氏だ。
当時の関係者の証言や史料を丹念に集め、あくまでも中立的で冷徹な視点で語る。
一昔前の本だと日本機は特に都合のいい事ばかり書いたり、最近だと声高に「俗論」を否定しようとしたりという本が多いが、彼の場合そうした事とは無縁だ。
この本の白眉は三式戦がP38と対戦して手も足も出なかった事を記述した部分。
機体性能の差だけではなく戦術の差がある。
一撃離脱と編隊空戦を駆使して三式戦を翻弄するP38を率直に認める陸軍パイロットの証言、これは海軍パイロットからはまず出ない証言と言っていい。
ここで言う編隊空戦というのはいわゆるロッテ戦法。これは3機小隊から4機小隊に変換し、2機のユニットが互いに相互支援しながら戦う戦法で、まずドイツが採用してイギリスが真似をし、アメリカにも導入されている。現在のジェット戦闘機の時代でも、ほとんどそのまま使用されている戦闘機の基本戦術だ。日本ではドイツの影響で早くから陸軍が導入していたのに対して、海軍はアメリカの真似をして昭和18年頃からようやく一部で採用され始めたくらいで定着はしないまま終わっている。
海軍パイロットが敵の編隊空戦をあまり理解できないまま戦っていたのに対して、陸軍パイロットは敵の戦法というのが理解できて、また自分たちより遙かに上手いと評価しているという事が伺える。
この点については多くの本では全く無頓着で、あまり指摘している本は少ない。というか日本で出版される本が零戦などの海軍機主体のために軽視される部分が多いのだろう。なにせ「零戦には1対1ではかなわないので2機で攻撃する」とか「未熟なパイロットでも戦えるように編隊空戦を導入した」とかの意味不明な記述が今でも罷り通っているくらいののだから。ちょっと考えればわかるが、マトモに編隊空戦しようと思えば相当の技量がいる。日本では陸軍でさえ使いこなせなかったのだ。現代でも航空自衛隊のACMのビデオなどを見ると、新米パイロットは片方の敵機を追うのに夢中で、もう一機に後に回り込まれているのに気が付かないというのがよくある。
そういう意味で、単に三式戦という戦闘機に限らず、空中戦というものがどういうものなのか、戦闘機には何が必要か、日本海軍の話を日本軍全般の話だと誤解したまま語る人が多いのはどうしたものか、など色々な事を考えさせてくれる、この本は貴重だ。
輯本か、歴史の真実を見た。
★★★★★
開発史、運用史ともに定本と言える著作である。川崎の液冷機の開発過程と、それらがどう評価されたのかを平易に知ることができる。運用史、つまり戦闘行動の総体的な実情と結果については、日米どちらにも片寄らない冷静な記述で、類書の追随を許さないと思う。当時の関係者の多くが物故した今となっては、今後もこれ以上の内容の本は期待しにくい。飛行第68戦隊のラバウル進出時の記述は圧巻で、初めて正確な事態を教えられた。この部分を読めば全体の水準の高さが分かるだろう。
膨大な取材に基づいたこの本は確かにすばらしいが・・・
★★☆☆☆
本当に「飛燕」は悲運の「名機」だったのか。ただエンジンの不調に泣かされていただけで、エンジンさえ完調であれば活躍できたのか。著者を含め大抵のの航空関係者の著述では設計に携わった川崎の開発陣に非難めいたことは一切書いていないようだが、エンジンが1,000馬力程度の出力しかないのに出来上がってみれば総重量が計画時の予定より250キロもオーバーしているのに「許容範囲」と述べているのには素直に頷けない。量産開始後に防弾装備や武装強化で更に重量が増え上昇力が悪化し増漕をつけ燃料を満載したら護衛する味方の「重」爆撃機にも着いていけなかったという情けない戦闘機になってしまった事実がある。最後の方で空冷エンジンで登場した「五式戦」(キ100)も搭乗した隊員達には大変好評で「グラマンは問題ではない」と評価したようだが、この本を注意深く読むと有利な体勢から戦闘を開始したのにも関わらず戦果は互角(もっともこれは戦後米軍の記録と付け合わせた結果で当時は五式戦の圧勝と報じていた)という程度にもかかわらず、著者は(おそらくこれに興味を持つ一般の航空ファンも)名機と褒めそやす。
結果的に陸軍はこの戦闘機を採用すべきだったのか。川崎の開発関係者はこの戦闘機を制作するに足る技術を持っていたのだろうか。