<恐怖心>に挑んだ大恐慌下の「決定的瞬間」を学ぶ
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政権発足後<最初の百日間>に焦点を当てた著者は、この短期間での遂行実績がフランクリン・デラノ・ルーズベルト政権の浮沈や改革の成否を決定づけたと見ている。
大恐慌下の暗闇にさまよう米国民の心から「不安」という名の<恐怖心>を取り払う必要性を訴え、国民が結束すれば失ったものを再び取り戻せると説いたルーズベルト大統領の登場によって、書名(「決定的瞬間」)どおりに、まさしくその時、歴史が動いたのだ。
一級品の気質(first-class temperament)と機知(wit)と親しみやすさ(intimacy)がルーズベルトが信任を勝ち得た秘訣であったという。戦時大統領として連続当選し、強力な指導力を発揮するルーズベルトの前半生は、しかし挫折と失望の繰り返しだった。
一人息子ゆえのマザコン少年期。ハーバード名門クラブに入会を拒否された生涯に亘る痛恨事。海軍次官時代には不名誉な醜聞事件に巻き込まれ、追い討ちをかけるように、小児麻痺(polio)による下肢機能の悪化で歩行困難な身の上となる。選挙後のマイアミ遊説では間一髪で銃弾を免れた。
前任大統領フーバーらがルーズベルトをひ弱な政治家と看做したのも、身体に抱えた大きなハンディキャップに幻惑されたせいだろう。だが、ルーズベルトは絶望の淵で踏み止まり、逆境に鍛え上げられた不屈の精神は、エレノア夫人の言う「考えるのではなく、決断する大統領」にまで彼を押し上げる。
公共事業や民兵部隊編成による雇用促進策、迅速な金融支援対策、困窮農民向け補助金拠出、社会保障制度の創出など規制政策ニューディールへの評価は分かれるが、大統領の粘り強さが、適性国民として日系米国人を強制収容所に隔離するという歴史上の汚点を残しながらも、第二次世界大戦での対独対日勝利の道筋をつけたことは否めない。
ラジオで国民との対話を試みる一方、趣味の切手収集やミッキーマウス映画に夢中となる。実は迷信家で、13日でなくても金曜日出発の旅程を避けたり、会合の人数を気にしていたという可笑しく子供っぽい点が、米国民から愛された所以なのだろう。
本書は、親切な脚注、貴重な写真頁、就任演説の付録、著者注釈と参考文献名、索引がついた優れた政治史研究書であるばかりでなく、ともすれば掴みどころのないルーズベルトの魅力に迫った野心的試みの評伝である。