古典芸能の殿堂、歌舞伎座の内外に潜む、一般客の目には映らない人や物や空気を、篠山紀信のカメラが追いかけていく。ナビゲーターは、当代一の人気女形坂東玉三郎。30年来の付き合いという2人の、レンズと肉眼が選び出した歌舞伎座のエッセンスに、驚いたり、感心したり、ちょっと目を潤ませたり。まさに圧巻の写真集である。
玉三郎、勘九郎らの舞台写真は、ため息が出るほど美しいが、強く印象に残るのは、ふだんは見えない部分である。3階名題下楽屋のくすんだ壁、御簾内の鳴物方の静かな目、下帯一本でとんぼ(宙返り)の稽古に励む若者たち、恐ろしく古びたスタッフ風呂…。そんなふうに読み進んでいくと、にぎやかな舞台の写真を見ても、フレームの隅の暗闇に目が行くようになる。「行間を読む」という言葉があるが、篠山の歌舞伎座写真の「行間」には、間違いなく豊かな言葉が隠れている。これで詳細な場内地図があれば、想像の翼はさらに広がるのだが。(長井好弘)