序章に「四十数年の歳月をかけて航海した本の海へのレトロスペクティヴ」とあるとおり、本書は池澤夏樹の半世紀に及ぶ読書遍歴の回想である。「スイッチ」の3年にわたる連載をまとめたもので、出てくる著者、書物はそれこそ膨大。ロレンス・ダレル、ガルシア・マルケス、ジョン・バース、トマス・ピンチョン、カート・ヴォネガット、サン=テグジュペリ、中島敦、森鴎外、そして著者不明の民話や聖書まで、世界の名作が彼の読書体験に沿って的確に論じられる。「文学史に沿った、平凡な展開」というが、質、量ともに、世界文学をこれだけ読んでいることには驚かされるに違いない。ベスト99の一覧表がついた最終章「寄港地一覧 あるいは九十九の小説」は、範囲が小説に限定されているとはいえ、池澤のファンにとっては興味深く、うれしい資料である。本書は、自伝や身辺雑記を書かない作家の精神史を知る手掛かりであると同時に、世界文学という本の海を渡ろうとする人にとって、頼り甲斐のある水先案内人となるだろう。(齋藤聡海)