入門オペラ本に飽きたら
★★★★☆
オペラ入門や解説の本はたくさんありますが、いずれも西洋人(彼らにとっては伝統芸能、伝統音楽)による本からの引用や一般的な解釈を集めたものが多いようです。そんな中で、歴史的にも重要なこの原典の翻訳はありがたい限り。当然時代的な論じ方や18世紀のヴェネツィア貴族だった著者のひねくれ論調はありますが、その時代の雰囲気もじわじわと感じられる内容です。今の取り澄ましたかのようなオペラとは違う、バロック・オペラの劇場の猥雑な雰囲気が漂っているのです。今のオペラ劇場でも、舞台裏はこんな風な生々しさであろうと想像するのですが、そこに跳梁跋扈する人々の影法師を見るような思いで読みました。何世紀ものギャップを埋めようとする長文の訳注も、結構力作です。ヴェネツィア旅行、あるいはイタリア旅行にはサブテキストとしてお勧めかも。
オペラを縦断的に楽しく眺める一幅の清涼剤
★★★★☆
面白く、役に立つ本が出た。原著は何と1720年頃、イタリアはヴェネツィア共和国での出版。当時35歳のバッハは、ライプツィヒでの生活を始めるほんの少し前。同じくドイツで活躍したグルックはチェコに生まれてまだ6歳。フランスならクープランが52歳。しかしイタリアではヴィヴァルディが42歳、アレッサンドロ・マルチェッロが36歳、タルティーニは28歳と「イタリア強し」の時代。当時のヴェネツィアは、オペラが一般市民に公開(ちょうどモンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」が上演)されて80年ほど経ち、17世紀末までに16もの劇場が建てられたという大流行。カストラート全盛、オペラといっても今なら「TVドラマ」と同じく使い捨ての娯楽。客が集まるので風俗産業でもあり、劇場支配人はやり手でないと務まらない。そんな時代の劇場を取り巻く人間模様が生き生きと描かれているのだから、面白からぬ訳がない。しかもその背景には、アレッサンドロの弟である著者ベネデット・マルチェッロとヴィヴァルディによる「貴族対平民」の争いが見え隠れし、そもそも出版の目的はズバリ風刺。台本作家に始まり、作曲家、歌手、衣装係、写譜係、劇場のパトロン、くじ売りなど、28もの役柄が登場。日本語版には原著者、訳者とは別に日本人の著者がおり、本書の3分の1に相当する「各章の補足」を担当。これが結構役に立つ。堅い表現なら「オペラの歴史」ということになるが、オペラセリアに対してオペラブッファが形成される正にその渦中の具体的な「一断面」を通し、その後のオペラの発展へとつなげてくれる。例を挙げれば、「アリ㡊ディ・バウレ」という劇の筋に関係ないアリアが大手を振るっていたとか、イタリア音楽に対するフランスの国家的な戦いとしての「カストラート批判」、また現在のオペラでは当たり前になっている「演出」が確立したのはあのワーグナーの頃だった等々。とにかく、騙されたと思って一読を。