著者はスラッファとアルチュセールから経済学を学び始めており、いわば日本の伝統的なマルクス経済学とは少し外れた立場から今や急速に勢いを失ってしまったマルクスを思想面側面・経済学的側面から検討している。本書を通じた主要な筆者のメッセージは、マルクスの「負の遺産」いかに受け継ぎ、新たなマルクス経済学の展開に繋げていくか?ということである。伝統的なマルクス経済学以外からのメッセージだけに、その具体的な検討内容も斬新で、特に近年の進化経済学との関連を述べた部分は、参照すべき点が多くあるように思われる。たとえば、マルクスの有名な定式である「生産力と生産関係の矛盾」を「2つの生産関係間(古い生産関係と新しい生産関係)の矛盾」と捉えたり、主流派経済学の「均衡」概念に対して「再生産」をもとに過程分析を展開すべきことを提案したり、未来社会に対する労働者による「自主管理」社会を構想するには、「経営の視点」がマルクスには欠けていたということを指摘している。しかし、それを受けた具体的な展開はわれわれマルクス経済学を専攻する者の手腕にかかっており、本書は新しい方向性を示したという点で評価できるものである。
それから25年余りの時を経て、緩やかな自発的転向を経た著者は自身の思想告白として本書を結実させた。われわれはそれを共通意識を抱けないほどの科学者としての責任感に圧倒されつつ、ひとりの科学者の思想遍歴を追体験することができる。そして、「マルクス」を受容するにしろしないにしろ、これは歴史的事実としてのみしか社会主義崩壊を知らない若い世代にこそ読まれるべき本である。