「Love Is Over」はVOCALISTシリーズの集大成
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過去作で披露されたミュート奏法とも言うべき、感情を殺して声をのせる独特のカバー唱法と比べ、声を張った楽曲が随分多くなったのが今作の特徴です。といってもただのフォルテでなく、やはり基盤はVocalistシリーズの繊細な奏で方を旨とするので、そこからどれだけ声を張り、たくさん息を流すかという過程はシリーズ表現の限界まで迫った回だったと思われます。原曲とのバランスをキープする絶妙なラインが今作の地平だったかと。ただ私はやはり余裕を持ちながら慎ましい表現をする初期の世界がいちばん好きです。3「First Love」は男声で宇多田氏の節回しまで意識してその艶を出せたのは凄いことですが、しかし上記のようにVocalist表現の限界を広げようとしている曲なので、息を流すのにいっぱいで余裕が制限されているんですね。勿論、この曲は男性には大変難易度の高い歌なのですが。
しかし、他方でVocalistの伝統的なミュート奏方でさすがの深みを聴かす曲も多くあります。1「時の流れに身をまかせ」の女心を男性が歌うにはこの唱法でこそしなやかです。また4「翳りゆく部屋」ではユーミン楽曲に徳永英明は抜群の相性を示すことや、5「セーラー服と機関銃」の儚く悲哀の旋律では最高の威力を発揮すること等を改めて実証しています。そして12「あの鐘を鳴らすのはあなた」の淡く染み入る歌表現では阿久悠のことばがこんなに素敵だったかと気付かされました。更にマニアックな中島みゆきの7「あばよ」での声の影はシリーズの集大成に相応しい領域です。13「未来予想図」の絵の美しさや6で古内東子にスポットがあたったのも良かったと思います。
最後にB盤最大の魅力ラヴ・イズ・オーヴァーですね。大変すばらしい演奏でした。収録が発表された時から、静かでウエットな曲調は彼に合うと思っていましたがこれほどの切ない佇まいがあろうとは。哀しくも優しい女性を歌うこの曲にVocalistシリーズ一つの極みがありました。