「16」の出だし、彼独特の玉が転がっていくようなタッチと、音質、速度感が見事だし、気持ちがいい。「17」はテンペストとして有名な楽曲だけれど、多くのテンペスト演奏の中でも、彼のこの演奏はもっとも聴きやすく、何度でも聴ける、優れたものだ。
ベートーベンのピアノソナタ弾きとしては、グルダがベストだと思っているけど、グールドのこれも、違った意味で最上のもののひとつ。
長調、短調、長調という曲の流れも、明るく始まり、テンペストを味わって、朗らかな「17」で終わるので、心地よく聴いていける。たぶんグールドもこのことを意識して、この3つのソナタを分離せずに1枚に入れたのだろう(最初のアナログ盤でもそうなっていた。このアナログ盤のジャケットは、嵐の中の帆船がコラージュで表現され、とても良かった)。3つのソナタの9つの楽章は、どれも味わい深く、現代的で、輝いている。