日本とクジラのかかわりについてはよく書かれてあります
★★★★☆
私は、互いに穏やかに務めながらも、捕鯨に関して外国人と話をしたことが何度かある。日本に詳しくない外国人でも、この問題についての関心は高い。また、そのような経験がない人でも、反捕鯨勢力の中心になっているのは理屈ではなく単なる感情であることに気づいているだろう。
本書は、日本人とクジラの関係を、長い歴史を丹念に紐解きながら慎重に考察して説明している。また、捕鯨の歴史を持つ世界の民族とクジラの関係についても解説している。様々な遺跡、文書、生態系、捕鯨技術、くじらの種による違い、漁業との関係、人類との共存の道。かなり丁寧に細部まで考えて書かれてある。
ただ、著者がこだわっている「だれのものか」という点については、果たしてそれが捕鯨問題の本質なのだろうかという疑問を感じる。欧米人の多くが捕鯨に反対する最大の理由は、要するに「可愛いから」である。だから、絶滅の心配のない沿岸でのイルカ漁であっても、あのように声高に非難する。それに対して本書で述べられている論点だけで説得できるだろうかという視点で考えると、必ずしも十分ではないように思われる。
単純な賛成論とは一線を画す、クジラへの愛情あふれる著作!!!
★★★★★
本書は総合地球環境学研究所副所長を務める著者が
クジラと人間の関係について
文化、経済、政治、環境などの観点から概観したうえで
あるべきクジラと人間の共存の姿を示すものです。
国際的な研究・報告から、
万葉集、市史のレベルまで―
クジラに関する資料・文献を幅広く精査するなど。
著者のクジラ文化に対する深い愛情が伝わります。
筆者のスタンスは、捕鯨賛成に属するものですが、
単に、捕鯨反対論に潜む誤謬を指摘し、
文化の多様性の観点から捕鯨を禁じるべきでない!!と主張するのではなく
「捕鯨問題以外に日本が世界の中で大きく評価されるか、
逆にたたかれる例がそれほどない状況を知る必要があるのかもしれない。」
「敢然と立ち向かう決意を持って捕鯨再開を目指すスタンスは保持すべきである。」
(←「スタンス「を」保持すべき」と書かない点に注目☆)
と単純な捕鯨賛成論には組しない姿勢も見せており、
そのバランス感覚に強い好感を抱きました。
クジラ文化から捕鯨論争にいたるまで、
人間とクジラに関する問題を幅広くコンパクトにまとめた本書。
捕鯨に対してどのようなスタンスを取るかにかかわらず
多くの方に読んでいただき
自分なりに考えるきっかけにしていただれば―と思います☆
日本の捕鯨文化のまとめとしては良作
★★★☆☆
すでに他の方が触れられているが、本書の前半は日本の文化における捕鯨の位置や関わりについて。後半は半分ほどが捕鯨に関する議論の列挙で、立ち入った議論は行っていない。残りは国際的な捕鯨議論史や現在の世界各地の捕鯨状況など、やや雑多な内容。
著者は捕鯨賛成派で、様々な視点を理解すべきだとか、感情的な議論は生産的ではないとたびたび主張してはいるものの、本書の内容は中道とは言えない。基本的には反捕鯨国の主張と政策の矛盾を批判的に取り上げている。それは結構なのだが、調査捕鯨の問題点は軽く触れるだけで詳細に踏み込んでいない。生物多様性の観点に至っては、「アームチェアに腰掛けて生物多様性を唱えるだけでは人々を納得させられない」とまるで他人事のようだ。しかしそれは論点すり替えだろうし、同じ批判が著者にも当てはまるのではないだろうか。文化保護の重要性を唱えるだけでは生物多様性の問題が解決するわけではないのだ。
著者のような立場にある人物が率先して、なかなか日本には入って来づらい生物多様性の議論を紹介するのが「生産的」ではないだろうか?海洋生態系が手の施しようのないところまで傾けば、捕鯨文化を守るどころではなくなるのだから。
本書は反捕鯨派の主張のうち反論/批判しやすいところだけ取り上げて、都合の悪い部分はスルーしている(正確を期すために言えば、全く無視しているわけではないが)。このような議論は捕鯨問題の要点から読者の目をそらさせることにしかならないと思うのだが。従って捕鯨賛成論者の甘い言葉を聞きたいという人にはお勧めできるが、捕鯨問題をきちんと正確に理解したいという人の役には立たない。
捕鯨賛成派の本 とても無難 データよりは文化史面のフォローが多い
★★★★☆
著者は基本的に捕鯨賛成論者であり、これまでもクジラに関する著作が多数ある。
本書の前半は捕鯨文化についての蘊蓄であり、捕鯨そのものの可否と世界の状況については、後半のさらに半分程度を割いて説明されている。
基本的には『美味しんぼ』で語られていたことと同じ主張の繰り返しであり、新鮮な視点、新しい意見といったものは見られない。
捕鯨に対する日本人の不満をきちんとくみ上げ、細かく検討してはいるし、最新のデータもあるが、賛成派の主張としては無難(よく言えばバランスの良い)な書籍で、著者独自の主張や解決策などの提示は見られない。
捕鯨について調べたいと考えた場合の「捕鯨賛成派の1冊目」としてはよいが、すでに数冊読んでいるならば、特に読む必要はない。
反捕鯨国の非論理的な主張にどう対応したらよいか
★★★★★
かねてより、国際捕鯨委員会における反捕鯨国の理不尽とも言える言動には憤りを覚えていたので、これを本屋の書棚で目にした時に思わず手を出した。しかし、私の意気込みとは違って著者は極めて冷静に事態を捉えており、自分の感情的な部分が矯正されたようで、読んでよかったと思っている。
この本を読むまでは、牛や豚を殺しておきながら、一方で鯨は殺してはいけない、ということに論理的な矛盾を感じている人々が反捕鯨国の中にもいるのではないかと思っていたが、あにはからんや、増えすぎるカンガルーを植生保護という名目で殺しておきながら、同じように増え続けて漁業に悪影響を与えている一部のクジラの捕獲には反対して「カンガルーとクジラの問題は違う」との発言や、野生動物と家畜の管理が人間と神に峻別される、という考えなどが紹介されると、これはもう日本人の理解を超えて両者は歩み寄る余地がないのではないかと思ってしまう。
そういう非論理的な発言に対する、どうしょうもなさ、は多くの会議に出席し現場を歩き回って調査した著者が一番感じていると思うのだが、それあらんか、その葛藤を表すかのように、著者は少々視点の違う以下で述べる二つのことを言ってこの本を終えている。それは、「捕鯨に反対する勢力と世論に対して敢然と立ち向かい、捕鯨再開を目指すスタンスは保持すべきである」、と言っておきながら、その後の記述で、「クジラの個体数をめぐる論争や、生存か商業かについての踏み絵的な議論をする前に、いかにして海の汚染を軽減し、生き物の生存について人間が責任をもつべきかを最優先すべきでないのか」、と述べているのである。
その、どうしょうもなさ、を解決するためには、国際捕鯨委員会を脱退し日本独自の道を歩むしかない、いつまでもよい子のふりをして国際会議に出て無駄なお金や時間を費やす必要はないのではないか、とこの本を読んで思ったものである。