ある物理学者のオタク的伝記
★★☆☆☆
なぜかバイオリンの好きな物理学者が多い。身近な物理研究の対象でもあるのだろう。
寺田寅彦、糸川英夫、アインシュタイン、ラマンなど。植民地時代のインドの科学者ラマンも手近な研究対象としてバイオリンを取り上げていたらしい。彼は光の反射を研究し、ラマンスペクトル現象でノーベル賞を貰ったが。
最近の物理学はやたらと大型研究設備依存で資金力の競争の感がある。大型装置を作り早く論文を書いたほうが勝ちという印象が強い。
身近なバイオリンを研究対象としていた時代からの経緯を科学史の観点からの扱いがほしい。
天体望遠鏡の能力アップはどこまで行ったら天文学者は満足するのであろうか?
さらに先まで見えたところでどこが違うだろうか?論文は書けるだろうが。
大金を浪費する有人宇宙開発も同様。
バイオリンから超大型加速器と変容する物理学の将来は?
こんなことが考えられる書物でもある。
寺田寅彦のオタク以外にはあまり参考になるとは思えない。
寺田寅彦をより深く知るための新しい視点
★★★★☆
●日記や書簡、エッセイなどを頼りに寺田寅彦という人物が完成するまでをビルドゥングスロマン風に綴った作品。物理学者、あるいは漱石門下として語られることの多かった寅彦だが、本作では西洋音楽(クラシック)特にバイオリンとの出会いを主軸とする意表を付いた視点が面白い。400ページ近い大作であるが、最後まで筆に力がこもっていて読者を飽きさせない。
●少し難を言えば、寅彦が何もかもを初めから「鋭く見抜いていた」(P51ほか)かのような [意味付け] をしている箇所が多いのがやや気になった(それゆえ、ビルドゥングスロマン風とした)。また、芸術文化には知識の豊富な著者であるが、サイエンスにはやや弱いようで、科学に関連して幾つか引っかかる記述が見られた。一例を挙げれば、寅彦を「世界的な地球物理学者」(P11ほか)と呼ぶその根拠は何なのか?結晶構造学で世界的な発見をしていることは事実だが、地球物理学での突出した業績を私は知らない。また、回想録や写生文などに優れたエッセイが多いことは認めるが、科学エッセイに関しては単なる思いつきの羅列に留まっているものが少なくなく、それをきちんと調べたり実験をして体系化しようという姿勢が感じられないという批判があることも付記しておく(私も同感)。