戦争を経験した老精神科医が若い世代におくる「老婆心」的エッセイ
★★★★☆
本書のテーマは著者によれば「戦争に至る精神病理学」とのことだが、内容的には「病理」というよりも、日常の中に潜む、誤った判断を生む心的メカニズムに関する考察である。またタイトルの「戦争脳」とは、要するに大脳皮質の前頭前野のこと。ことさら戦争の病理に特異的に作用する部位や機序があるわけではない。その意味ではタイトルは本書の内容をあまりうまく伝えているとはいえない。
ただし、古稀を迎えんとする精神科医の豊富な知見は、非常に深い洞察と示唆に富んでいる。
・結局、人間が最高位中枢だとしている場所は、感覚系から運動系に折り返す場所でしかない。精神のありどころは、そこである。p84
・日常のありふれた生活の中でまっとうにからだを動かして、きちんとした生活を送っている人が戦場でも良い軍人であった。p152
・どうすれば知らないうちに戦争への一戦を踏み越えないで済むか、ひとつは問題を「道徳問題」として考えるな、それから、いわゆる大思想家、いまは知の巨人というらしいが、そいつらのほうを見ないこと p228
思いつくまま思索が縦横無尽に広がっていき、しかもひとこと一言が深いので、ついていくのはかなり大変だが、しっかり読み込む価値はある。戦争を経験した老精神科医が若い世代におくる「老婆心」的エッセイとしてお勧めしたい。
あってはならないはあってはならない
★★★★☆
この本を読んで仕事に生かしたいと考えたことは2点ありました。
ひとつは、タイトルに書いた「あってはならない」はあってはならない。
企業の様々な不祥事、いじめで自殺が発生した学校などのトップがよく口にするフレーズです。「あってはならないことが起きてしまいました」と。これは「存在してはいけないことが存在してしまいました」の意であり、既に存在してしまったことに対しての再発防止に言及していません。正しくは、事柄は起きうると想定して対処方法を作る必要があるということを考えさせられました。
ふたつ目は、「肉体の重要性」。全ては「人」が行うものであり、「人」には肉体がある。これを無視して精神論で解決してはいけない。前の戦争の際、この肉体性を無視した結果、特攻隊ができたり、食料の補給やトイレの建設を考えない進行をした。机上の都合ではなく現場で任務を遂行する人の「肉体」をも考慮する必要があることを痛感させられました。
机上の都合・・・今の派遣労働者のリストラ関係も当時の戦争の大本営もあまり変わっていないのでしょうか。
今のビジネスは戦争の様な状態だと思います。私は一般サラリーマンですが、この本で上記2点を学び、今後の仕事に生かすつもりです。
本書を手にしたことを恥じてはいけない
★★★★★
精神科医療医師として、本書は戦場を例に展開する。
難解な文章、言葉が多いが、べらんめぇ調で最後まで完読させる。
本人はいつもと同じ調子でスタスタ歩いて行る。
理由は、日常の意識と病気の意識との間には判然とした切れ目がない。
止めようとしても止められない。
「兵士の肉体論」、
十分な睡眠をとらない脳は使いものにならなくなる、限界は72時間。
食い物、便所への配慮が大切である。
以前に、司馬遼太郎著「坂の上の雲」
そして今回、長嶺秀雄著「戦場 学んだこと、伝えたいこと」を読んだ。
本書を手にしたことが間違いでなかったと確信した。
一人でも多くのご家族・ご本人が本書を手にして欲しいと願う。
弱音を言う勇気、弱音を聞く勇気!
人間社会全体への警告
★★★★☆
新書にしては読み応えのある本。 3倍の値段でも、自分は納得できる。
書かれている内容は、特に目新しい事柄はないが、都合の悪い現実を”否認”=”ディナイアル”する思考癖が、無茶な戦争を引き起こすという著者の主張は、ポジティブ・シンキングが全てを解決するという、一時期のはやり(「チーズはどこへ消えた?」なんて本も有りました)に対する、強烈なアンチ・テーゼである。
やや、著者の個人的経験の記述を無計画に織り込むことで読みにくくしている難点があるが、著者の主張は、何度でも繰り返され訴えられなければ成らない。
これを、会社経営者に対する警告、という理解は、著者の志を低める結果になるだろう。 為政者から市井の人まで含めた全体に向けての警告書である。
天気晴朗にして一片の雲もない躁人間が軍人だったら、結果は大惨禍になる
★★★★★
《行為の発端となるのは欲望である》《「あれをやろう」と思う(意識する)よりも以前に、準備的な脳活動が開始され》《実行までの間の制御は「行為をしない」というネガティブ・コントロールのみ》というリベの理論を前提に、戦争に至る指導者の脳の動きを考えてみました、という感じの本。大脳皮質固有の傾向はネガティブ・コントロールなので、戦争という重大な決定を行う前にも、それを止めるために綿密な実行計画を練ることで対処しようとしますが、そのために活用されるデータの呼び出し手続きを担当するのは《大脳皮質の中でも古い成り立ちをした部位で、大脳新皮質には含まれない下位の部分(海馬辺縁系。リンビック・システムである。下位とは、より情動に近いところであり、好悪愛憎の感情でメモリ表象を色づける。簡単に言えば、都合の悪い記憶は出してくれない》(p.87)のだそうです。つまり、脳は愛憎なしの判断はできない、と。
このことを《戦争遂行脳の役割を引き受けようとする、全てのCEOは、これを肝に銘じてもらいたい》(p.87)というのが計見先生の一番いいたかったところでしょう。