直線的西洋史の歪みをただしてくれる良書。
★★★★☆
ギリシャからローマへ、
中世を経てルネッサンスという
西洋中心のリニアな歴史展開の歪みを正してくれる本。
ギリシャの知性は、そのまま西には向かわず、
シリア・アラブ・エジプトに伝播し保存、展開され、
1000年以上経過した後スペインで翻訳され、
ようやくヨーロッパに逆流する。
ギリシャとローマの間で埋没しがちの
ヘレニズムという時代と社会・文化。
その中心となった偉大な都市であり、文化拠点だった
アレクサンドリア。
著者たちは極力第1資料にあたりながら、
この街で展開された知の営為を精密に描いていく。
アレクサンドロス急死の後、エジプトを統治し、
大王の構想を具体化したプトレマイオスの存在と影響力の大きさ。
アレクサンドロス以来、4代続いて、当代随一の哲学者を
世継の家庭教師に迎えた家系。
紀元前250年頃に、地球は球体であると明示し、
地球の円周をほぼ正確に算出し(誤差1%以下)、地軸の傾きまで出し、
赤道、黄道、経線、緯線を書き込んだ地球儀を作成した
アレクサンドリア図書館長でもあったエラトステネス。
こうした人物が登場しては、驚くべき成果を残していく。
後の異端尋問や魔女狩りや火刑などが、
わるい冗談なんじゃないかというような健全な合理性、
知的に物事の成り立ちを突き詰めていくエネルギー、
生き生きとして自由な好奇心。
結局、灯台も図書館も残らなかったアレクサンドリアの歴史は
まるで砂の文字で書かれたもののようだが、
そこで起きた事柄の重みは消えなかった。
この書物の本体はツヤ消しの黒だが、
カバーは内容を反映したいい感じに仕上がっている。
問題なのは、文字が大きすぎて間が抜けていることと日本語訳。
語尾と訳語選択が、軟弱で、
歴史物を読んでいる歓びが涌いてこない。
主婦の友社からの出版だからなのか、訳者が女性だからなのか、
原著がそういう記述になっているのか、
「たくさん」という言葉や
「気をよくして」などという日本語を頁の中に何度も発見すると、
なんだか現代日本の軽いエッセイを読んでいるようで興ざめしてしまう。
内容的には☆4つ以上のすばらしさだが、
その点で価値が下がってしまう。
近代的精神の花開いた古代都市
★★★★★
アレクサンドロス大王によって建設された「地中海の花嫁」「世界の結び目」と呼ばれた都市の興亡を背景に、そこで繰り広げられた世界最高峰の知性の歴史を論じた一冊。
エジプトの肥沃な土地につくられ、アレクサンドロス、プトレマイオス、カエサル、アントニウス、クレオパトラといった面々が華々しく活躍し、そのもとで民族や文化の壁を越えてあらゆる知性が流入し、刺激し合い、探究心と好奇心のみなぎる空気を生み出した。名前をざっとあげるだけでエウクレイデス、アルキメデス、ガレノス、エラトステネス、アリスタルコス、クレメンス、アリウスというからそうそうたる顔ぶれである。
彼らは一貫して世界の、宇宙の、そして我々人間の体や心の仕組みを、そして生き方を追究した。それはひたすら人間の理性や知性を前向きに信じ、論理と実証を重んじ、普遍性を目指すものであった。この意味ですこぶる「近代的」「人間的」な精神が生まれたことになる。
やがてローマ帝国が分裂し、アラブ・イスラーム勢力に接収されることで一応の歴史的役割は終えるが、古典古代の知性を後世に伝える役目を再び後に果たすことになるところまでが描かれる。(そこからルネサンスや直接我々の今日につながる近代が始まる。)
現代の我々の「知」や社会の基盤も多くはそこに源流が求められることがよく理解できる本だ。訳は大変読みやすい。世界七不思議の一つとうたわれたアレクサンドリアの大灯台は崩れ落ちてしまったが、アレクサンドリアの知性の灯はいまも世界史全体を照らし続けているのだ。訳者は『話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く』と同じ方だそうだ。