エビデンスと引用に裏付けられた著述の正確さは?
★★★☆☆
アタッチメント理論の理解や応用,可能性について,社会的養護の領域からまとめられた本。この分野の実践や研究に関心がある人にとっては一読に値する。編者の庄司氏の乳児院の歴史や研究をふまえてアタッチメントの重要性を論じた章や,久保木氏,青木氏らの担当章は,優れた研究実践を行いながらも,研究と臨床実践が高いレベルで結びついており,研究,臨床の両面から参考になる。基本的には,本書は☆5つに値する著書である。しかしながら,編者の一人である奥山氏の執筆部分については,学術書としては大いに不満と疑問が残る。書かれている内容を裏付ける引用や研究,エビデンスがほとんど示されていない。特に氏が述べているアタッチメントートラウマ複合について,これが氏の研究実践に裏付けられたオリジナルの理論なのか,それとも他者の研究成果の引用なのかわからず,「エビデンスに裏付けられた正確さ」の確かめようがなく,学術書として求められる最低限のルールと礼儀を著しく欠いている。さらに厳しくいえば,トラウマ理論やアタッチメント研究をはじめとした子ども虐待に関わる研究・臨床がより進んでいるイギリスやアメリカなどにおいては,奥山氏が述べていることは概ね既知のことであり,本書ではそれをあたかもオリジナルの知見であるかのように書いている点は,大いに問題であるといわざるを得ない。編者らは次版の改訂において,この点に関し極めて慎重に検討すべきだろう。こうした英語圏では既に一般的になりつつある知識を,あたかも自分の研究成果や提唱する理論のように述べたり著作に盛り込む行為は,虐待領域の有名な論者によく見られる傾向であるが,研究者としても執筆を生業とする者としても厳しく問いただされるべき行為である。