実在の人物を基にしたフィクション
★★★★☆
NHKドラマ坂の上の雲で、大学生が娘義太夫に夢中になり熱狂しているシーンがありました。
この小説はまさにその娘義太夫の初代竹本綾之助の生い立ちから引退までを描いています。
男装の美少女が、美しい声で時には顔を真っ赤にして心をこめて語る浄瑠璃に、世の中は熱狂し、今でいう追っかけまで現われたそうです。
実在の人物がいたとは知らず、純然なフィクションだと思っていたので、最後に本人の写真があったのには驚きました。個人的にはフィクションであるならば写真は蛇足だと思います。
上り調子の明治の日本。芸以外は何も知らない少女の観点から描いており、歴史としても参考になるし、また今の日本と比較するのも良いと思います。
松井今朝子さんの著作は、「吉原手引草」「家、家にあらず」を読みましたが、それらに比べると毒がないです。この作者は、歴史小説の形をとりながら、常に現代的な視点を忘れず、女性の生き方を浮き彫りにする人だと思います。そういう点では、若干物足りない気がしました。
願わくば、剛腕の母親との関係をもっと深く、また娘義太夫だった竹本綾之助が母となり再び舞台に戻った経緯を書き込んで欲しかったです。
“追っ駆け”の元祖
★★★★★
とにかく驚きました。
100年以上前に「堂摺連」「追駆連」なるものが存在したと言う事実です。
対象となったのは、浄瑠璃を語る女義太夫竹本綾之助。
その熱狂ぶりは、作者の見事な筆で鮮やかに蘇ります。
そして、その絶頂期の引退公演は、山口百恵のそれを彷彿とさせます。
この小説を読んで一番感じるのは、人は多くの人に依って「生かされている」と言うことです。
彼女がここまで順調に頂点を極めるのには、その天賦の才能に魅せられた人々の善意であり、思いやりです。
それは、若い主人公を守り続けた義母であり、彼女の才能を世に出した近藤久次郎であり、贔屓筋の人たちであり、寄席の人たちだったりします。
それだけに、彼女が引退を決意した時、非常な反発が起こります。
そうした中でも、初心を貫けたのは、彼女の人となりを愛してくれる人たちだったのでしょう。
それにしても、人があることをやめる事の影響の大きさを強く感じました。
それは、彼女の様に意識的に辞める場合もあれば、必然的にそうなる場合もあるでしょう。
どちらにしても影響は大きく残ると言う事を、人は意識して生きなければいけないのでしょう。