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見抜く力―夢を叶えるコーチング (幻冬舎新書)

価格: ¥756
カテゴリ: 新書
ブランド: 幻冬舎
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コーチのあり方 ★★★★★
北島康介を育てたコーチによる、コーチのあり方全般。
ちょっとしたことだが、なるほどと思うことが多かった。
ひとつひとつ、うなずきながら読んでしまった。
いろいろ述べたあとに、初心として「選手を安心してスタート台に立たせる」を忘れない というのにはガツンときた。

類書はいろいろと出ているが、これが一番まとまっているし、
内容も総合的で、情報も一般向けだと思う。
良書! ★★★★★
この本を手に持ったときの軽さ (ページ数が少な目) で、読む前の先入観として 「少し内容も軽いのかな?」 と思ったのですが大間違い。

普段の社会生活に置き換えても役立つような 「良好な環境構築」 のための1冊になっています。 短い一文にも説得力があって読み応え十分です。 バランスとか (相手との)距離感、マンネリに陥らないようにすることの大切さなど、読んでいてナルホドと思うことがたくさんありました。 オススメです。

北島選手は (もちろん素質や努力もあるわけですが) 良い環境に居たのだなぁ、なんて思っちゃいました。 また、良い環境に居る (その環境を作り上げる) ことは大事なことなんだな、とつくづく思いました。
仮説を立て、検証する。固定観念を崩し、道を拓く ★★★★☆
   自分で考えること。
   答えのない出来事に対しての対処法。
   失敗は許されないなかでの、失敗の対処法。


   そんなヒントが隠れています。この本には。


   内容

   ・ つまり、現場主義の教え

   ・ コーチとして選手を指導するときには、まず大胆な仮説を立てろ(青木先生)

    選手の育て方、こんな泳ぎを目指したい・・。そのためにはまず、仮説を立て、どんな解決
    すべき課題があるのかを見つける。その上で指導しなければならないと教えられたのだ。

   ・ 簡単にすぐ伸びるのが才能ではない 

     わかりやすい才能 = オーストラリアの石炭の露天掘り
     わかりにくい才能 = 日本の旧三池炭坑のようにどんどん地下に潜り石炭や鉱脈に着く
     石炭だと思っていたら「ダイヤモンドだった!」という発見があるかもしれない。
     コーチとして選手を見抜く目は、そこで試されるのである。

   ・ やる氣は目で見分けろ

   ・ 心の弱さは体で鍛えよ

   ・ なぜ、あのときにできたのか

    日頃から康介には「どうして良くなったか」を説明しているし、私自身も「なんで良くなっ 
    たか」を反省するようにしてるからだと思う。

   ・ 固定観念を崩せ

    誰かが言った事をそのまま鵜呑みにし、誰も検証してみようとしなかったから、いつの間に
    かそれが常識や固定観念になってしまったのだ。


   以上の内容の中に、自分で考えるヒントがあると感じました。
コーチも金メダル級 ★★★★☆
北島康介のコーチが書いた本ということで、ちょっとミーハー気分で読んでみた。
当たり前といえる内容もあったが、実践者の言葉だけに具体性があり思いのほか面白かった。
『大学生や大人に向かって「頑張れ」一辺倒は、最低のアドバイスだと思ったほうがいい。』
ごもっとも。じゃあ、どうすれば?
『「肩胛骨を使って」
 と指示するだけでは伝わらない。肩胛骨を動かすためには、
 「頭のてっぺんで水をつかむようにしろ」
 という言い方で肩胛骨が自然に動くような動作を心がけさせるのだ。』
なるほど。
的確なコーチングとは、こういうことなのか、と納得させられた。

『指導者は謙虚な心をもて。』
本書で触れられている具体的な事例を読むと、確かに平井コーチの謙虚さが伝わってくるようで心地よい感じがした。
人を育てる歓び−コーチング・伯楽− ★★★★★
 人間が持つ能力をどうすれば最大限に引き出すことができるか。教育の場では古来からの論議が続いている。その形には2種類の形がある。1つは“鬼監督”に象徴される『熱血型』。そしてもう1つは相手の可能性を見極めた上で1人1人個別の“処方箋”に基づく『育成型』である。前者が自らの経験を根拠として“選手のダメな点を指摘して徹底的にこき下ろす”のに対し、後者は自らの経験を退け“選手の良い点を引き延ばすことによってトータルに選手を育てる”と全く正反対の形をとる。
 日本ではどちらかと言えば、前者がこれまで“幅を利かせてきた”感が強い。けれども実際にはそれで潰れていった選手がどれほどいることだろうか。その中には相手の器量が自らを上回ることを知って“いじめ”と変わりない“指導をする”ケースすらないともいえない。そして前者の付きものは“教育者の手柄話”である。実際に競技の場に立つのは他ならない“選手”なのである。従って、記録が向上したり、良い結果を残したのは“選手”であり“指導者”ではないことを彼らは誤解してしまっている可能性も多い。先ず最初に断っておきたいのは本書が決して“自慢話”に貫かれたモノではないことである。
 著者はオリンピック2大会連続のゴールド・メダリストを育てた名コーチであることは言うまでもない。けれども著者は最初からコーチだったのではなくジュニア時代には将来を嘱望されたスイマーだった。それが“なぜ、コーチになったのか”その中で“コーチには何が必要で、何が必要ないか”を中心に話を進めている。
 印象的な言葉の1つに“「頑張れ」という言葉の怖さ”がある。常々感じてはいたがこの言葉は発した側にはその意識はなくても、受ける側にしてみれば“無神経な言葉”でもある。例えば、阪神淡路大震災の当時、この言葉を使うことに個人的には抵抗があった。何故なら絶望に近く、目一杯の状況の中で必死に堪えて復興への道を歩き続けているのに、横から“ガンバレ!”と言われたらどうだろうか。坂道を両手に重い荷を持ってトボトボと上がっていく年寄りに“ガンバレ!”というだけで自らは涼しい顔をしたまま車に乗って通り越していくようなものではないのか。著者はこの“ガンバレ”という短い言葉の使い方1つにしても“相手によって使っても良いケースと良くないケース”の存在を指摘する。それは選手1人1人に対する人間観察に由来する。
 スポーツコーチの実録的な内容の体裁を採ってはいるが、本書は教育学・発達心理学・言語社会学などの要素を十分に採り入れ、また背景には唐の詩人韓愈の『雑説』に登場する“千里之馬”と“伯楽”の故事が暗喩のように鏤められている。その手法は曾て“早稲田ラグビー”を再生したカリスマ監督、清宮克之氏や現監督の中竹竜二氏と重なる部分も多い。
 昨今、書店の店頭には“私だからこう出来た!”との“カイカク”に悪乗りした自慢話的な「企業再生サクセスストーリー本」が目に付く。その多くは御神輿に乗って上から“それ行け、それ行け!”と煽るだけで、担ぎ手や準備のために走り回ったスタッフ(現場)の苦労など知らない裸の王様に等しい。その姿は恰も“ガンバレ!”と叫ぶだけの人間と変わりはない。
 その意味で本当に一読を薦めたいのは企業の経営者や管理職の方々、そして学校の先生である。何故なら、会社も学校も全て“人”に依って支えられ、“人”が相手の現場だからである。もちろん、本書の内容をそのまま自身の組織に当て嵌めようとすることは無意味である(その理由は本書の中に書かれているので読んでから答えを自分で導き出す必要がある)。