健全な批評精神は健全なファン精神に宿る
★★★★★
日本語ラップグループ「ライムスター」のMCにして、TBSラジオで「ウィークエンド・シャッフル」「小島慶子のキラ☆キラ」のレギュラーを持つラジオ・パーソナリティにして、J-POP DJ集団「申し訳ナイト」のメンバー。知ってる人にはもはや説明不要のボンクラの星、宇多丸師匠の八面六臂の活動はここ数年拍車がかかってるわけですが、師匠を語る上では、Perfumeを早くから推していたアイドル音楽の目利きとしての側面は外せません。そんな師匠が、芸能スクープ雑誌「ブブカ」で 2000年から連載しているアイドル音楽時評『マブ論』をまとめたのがこの本。
ハロプロ黄金期(1999〜2002年頃?)からB級アイドル乱立の受難の時期を経て、Perfumeの奇跡に至るまでシーンをウォッチし続けた師匠の舌鋒鋭い論評には、常に裏方を含めた業界への期待と「シーンを支えよう」という超健全なファン精神が溢れているのです。そんな愛情の裏返しな悪口芸の冴えも一流です。たとえアイドルに興味がなくても、音楽をクレジットをチェックしながら聴くようなタイプの人にはこたえられない文章の数々が本書には詰まってるので、是非ともご一読を。
ちょっとだけ不満も書いとこう。コンビニでブブカがテープで止められる(エロ本扱いのため)ようになるまで、毎月連載を立ち読み(たまに購入)していた身としては、連載開始以降の全てを収録して欲しかった。いつか完全版が出るといいなぁ…。さらに言うなら、宇多丸師匠が90年代前半に佐々木士郎(本名)名義で書きまくっていたUSヒップホップのライナーノーツ集とか、どこか出してくれないかなぁ・・・。
本書はダイジェスト版。完全版を望みます。
★★★☆☆
本書は雑誌BUBUKAで宇多丸氏が執筆していたアイドルソング批評を書籍化したものです。
しかし、連載されたもののうち約半分がカットされ、本文を補足していた欄外コメントも削られています。
色々な事情もあるのでしょうが、やはり複数巻に分けてでも全てを集録して欲しかった。
独立した一冊の本としての本書の内容そのものは素晴らしいとは思います。
しかし、だからこそ宇多丸氏が書いたもの全てを読みたかった。
その他に気になる点がもう一つ。
取り上げる楽曲の作詞家・作曲家・編曲家、発売日などのデータは欲しかったです。
いい意味のインテリさが光る内容
★★★★★
ラップの人だと認識していた宇多丸さんですが、文章を読むと、いい意味でのインテリぶりが伝わってきます。するどい分析と慧眼には舌を巻くしかありません。僕はPerfumeが現れた時代背景、その経過を知るための資料として購入したのですが、そんなレベルの書物ではなく、アイドルというものを切り口にした現代日本における文化の一断面を記した真面目な批評書です。おふざけで言っているんじゃなく、マジで。索引が研究書並にしっかりしているのを見ると、やっぱり、だよな、と思っちゃう。冗談抜に日本の文化を記録した貴重な書物です、これは。
バイブル!
★★★★★
なんでこんなに面白い!?
やはり彼のアイドルに対する狂気的ですらある情熱が、グイグイ読ませる文章力の隙間に滲みつつ
それは=愛でもある。同じアイドルファンとして嬉しくなるほどのポジティブな狂気!
そしてそれに裏打ちされた豊富な知識と幅広い音楽的嗜好が物を言い、
並のヲタと同じ独自研究といった趣とはゼンゼン違って
例えば自分の評価とゼンゼン違ったとして「エ?なんで?そうか。。?」と噛みつきたくなる2、3歩手前で
「ほぉ、なるほど。」と思わせれるだけの確りとした読み物に仕上がっている。
だからこそ、「狂気」が可愛いくも見える。
内容としては様々なアイドル作品に触れつつ、1つの流れとしてモーニングを筆頭にしたハロプロ勢の衰退と
それとともに台頭してきたPerfumeの大ブレイクに至るまでの、アイドル界大河ドラマを軸にしつつも
視野の狭い並ヲタでは不可能とも言える幅広いチョイスで作品に触れ、
独自の理論を愛と毒と豊富な知識を持って斬り倒します!
中島美嘉、片瀬那奈、安倍麻美、リアディゾン、安室ちゃん、杏さゆり、観月ありさ、ボーイスタイル、
ゆうこりん、深キョン、dream、w-inds.、ジャニーズ、Buzy、ボンブラなどなどっ!
個人的には片瀬の名があるだけで「このひとはわかってるひとなんだ!」って思えた。
ハロプロ〜Perfumeという、世間の動きとリンクしておりライトな層にも読みやすい仕掛けになっているケド
その中にきちんと、「アイドルソングというジャンルでしか出来ないコトがある」そして
「いい作品を発表していくしか生き残っていく術はない」という
アイドルファンとして切実かつ真っ当かつ真理とも言えるメッセージが込められれている!
それは同じアイドルファンだからこそ共感し共鳴し得る部分!
そういった意味でやはりアイドルバイブル!
是非とも第2弾、第3弾と希望!
論じずにはいられない=ヲタでいるコトの喜び!
論じる者がいる限り!
「年代記」として読むか「入門書」として読むか。
★★★★★
本書はハロプロ帝国の興隆・凋落と新興勢力Perfumeの勃興という「物語」と関連づけて語られることになりそうですが、あくまでそれは結果論。毎月の定点観測的なレビューをまとめた体裁をとっているので、後から俯瞰してみると結果的に「物語」が浮かび上がってくるという仕組みです。
やはりPerfumeを「アイドル界最後の希望」と言い切り、単なる支持を通り越してコミットするまでに至る受容のドキュメントとしてもかなり興味深いです。所謂「ハロー・マゲドン」後の2003-4年辺りから作り手側の怠慢と折りからの音楽産業を巡るビジネス環境の変化があいまって、ハロプロひいてはアイドル界は限定された好事家を相手にした縮小再生産の袋小路(著者はそれを「箱庭化」と表現する)に陥っていました。そんな「箱庭」をぶち破り外部にブレイクスルーする可能性を秘めたアイドルとした現れたのがPerfumeであったわけです。「箱庭化」するアイドルシーンを前にして著者は鬱屈を抱えておりPerfume支持はその反動でもあったのですが、その後の尋常でない売れ方をみるにつけ、著者の義憤は個人的なものというより多くの人々が無意識下に蓄積していたものだと感じます。本書のPerfumeに関するレビューはネットでも読めてしまうようですが、そこには「アイドル冬の時代」という著者の問題意識が色濃く反映されていますので、Perfumeに「最後の希望」を託さざるを得なかった当時の時代状況を含めて、記述のバックグラウンドを把握するためにも全体を通読することをおススメします。Perfumeに関しては本人含めいろいろ人がいろんな所で言及してるでしょうから詳細は外に譲ります。
本書の特徴は著者の豊富な音楽的知識・素養に裏打ちされた分析と知名度に劣る「周辺領域」もカバーする守備範囲の広さでしょう。もっともそれは対象を突き放した客観的な分析に終始する訳ではありません。思春期にアイドル歌謡全盛期を過ごしたことによる(と思われる)過度な思い入れによる主観的な印象批評の要素も多分にあります。自分を含めアイドル全盛期を経験してない世代は、その辺りに若干の温度差を感じるかもしれません。
音楽を評価する上で主観的な「好み」が反映されるのは仕方なく、結局はそれをいかに客観的な「質」と強引にでも擦り合わせられるかが肝だと思いますが、本書では類書よりも主観が優先されている印象です。著者の好みの主軸は、乱暴にまとめるとフィリーソウルを源流とするディスコ→クラブミュージックとキラキラした80年代歌謡曲で世代的な偏りがあります。その辺りは当然著者も意識していて前書きにその旨のエクスキューズはありますが、昨今のJ-POPの売れ線である所謂「いい歌」やギミック満載のノベルティソング、ジャンルでいえばロック系・バラード系を嗜好する人には違和感が残るかもしれません。また歌詞の面では、擬似恋愛関係を強化するためにアイドルソングが陥りがちな日本的な「演歌的女性観」(要するに男に都合のいい女)をアイドルソングの足枷と捉えているようで、このモチーフが強い曲は評価が厳しくなりがちです(Perfumeの成功モデルはこうした「封建体制」をかなり突き崩したとは思いますが)。
この種のアイドル歌謡批評は音楽的な分析が過ぎると、著者の言葉を借りれば「魅力が実力に優越する」という「アイドル性」を無視したものとなり、音楽的知識・素養を欠くと「アイドル歌謡」論ではなくカルスタ的な「アイドル」論、或いはグループ内部の人間関係や芸能業界事情を暴露するゴシップ誌的なアプローチに陥る傾向があると思います。そもそも音楽的分析とゴシップ誌的アプローチは、それぞれに興味を示す主体が分断されがちで(平たくいえば音楽通を自認する人間はアイドル歌謡を黙殺しアイドル好きは音楽性なんぞ興味ないということ)相性が悪いと思うのですが、その点、本書はともすれば相反する二つの要素を適度に保持しており、ある種の奇形さが魅力となっています(曲によってはアイドル論に振れ過ぎの部分もありますが)。
元ネタも豊富に例示されており、アイドル歌謡をとっかかりに各ジャンルやオーセンティックな定盤を「掘る」際の座右の書としても使えそうです。
もっともこうした「入門書」としての需要が果たして今の時代どれくらいあるのか疑問でもあります。既にあるジャンルやアーティストを「掘る」という振る舞いが前時代的なものなのかもしれません。
「年代記」としては面白く「入門書」としても有用です。
追記。誰か書くと思ってたのですが、一向に誰もかかないので。
Perfumeのブレイクの端緒は一般的には公共広告機構のCM、ちょっと詳しい人なら木村カエラのプッシュってことになってますが、その花を咲かせるために遥か以前から著者の宇多丸氏や掟ポルシェ氏、そして最初に彼らにPerfumeを薦めた名もなき多くのアイドルファン達が人知れず地道に土壌を耕しつづけていたわけです(連載を掲載してる雑誌がアレなので大っぴらに喧伝することはできないんでしょうが)。当時の熱のこもったレビューからは音楽的には野心的、故に商業的にはあまりにも心許ない彼女たちの薄氷を踏むような歩みを澎湃と広がる草の根的な支持が下支えていたことが伺われます。宇多丸氏はこうした支持の広がりにおいてネットが果たした重要性に言及していますが、オールドメディアに大資本を投下したプロモーションを展開せずにここまでブレイクしたPerfumeの成功モデルは、アイドル史的にはもちろんポピュラー音楽史的にもエポックメイキングな出来事であったといえます。またこのことは、損益分岐点が下がることになりますから、作り手の音楽的自由度も広がり音楽文化がより豊穣になることが期待されます。
自称音楽通の多くはJ-POPだからアイドルだからと禄に聞かずに一緒くたに否定します。実際問題、聞くだけ無駄なものも多くそういった姿勢になるのはまぁわかります。とはいえ評価の定まった過去の名盤に拘泥したり海外のマニアックな音源を捜す労力の一部でも寄る辺なくゆらゆらと彷徨う自国の原石を探し出し支持していく作業に振り向けて欲しいものです。大したプロモーションもなくPerfumeが燎原の火の如く海外への浸透していく様を目の当りにするにつけこれは世界的にも特異な日本のアイドル文化という「国益」を守る国民の義務とすら思えてきました。大げさに聞こえるかもしれませんが、ハロプロ群を除いては、Perfumeを殆ど唯一の例外としてシーンに現れては消えていった今は亡きアイドル群の「墓標」と図らずもなってしまった本書はそんな思い抱かせるものでした。