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荒地の恋 (文春文庫)

価格: ¥610
カテゴリ: 文庫
ブランド: 文藝春秋
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詩人の謎の世界 ★★★★★
ここに妻子ある一人の中年男がいる。彼の恋人はあろうことか中学・高校の同級生であった親友のれっきとした妻である。彼は職場と妻子を捨て、恋人は夫を捨てて、同棲生活を始める・・・と、まるで安直なTVドラマの筋書きであるが、彼は「北村太郎」という詩人であり、友人は「田村隆一」という戦後を代表する高名詩人である。この小説は、二人が実名で登場して、一人の女を対称点にして愛憎入り混じった友情と嫌悪をぶつけ合う顛末を丁寧に描いた作品である。詩人というものは洋の東西を問わず、いつの世も、タンポポの種子のようだ。「北村太郎」の糟糠の妻も、結婚を控えた娘も、スーパーで働く長男も、けなげに辛抱強く種子の着地を待っているのだが、タンポポは風に吹かれ、お天道様に誘われて漂うばかりである。最後は年若い、別の恋人とも遭遇し、モテモテのまま、69歳で死んでいった彼「北村太郎」とは、漂いながらどういう世界を見、又、どんな魅力を持った男だったのだろうか?TVドラマなら”ありえない”と一蹴できるのに、巧みな小説の仕掛けは、詩神にとりつかれた人間にのみ理解できるのであろう別世界を垣間見せ、凡庸な生活常識人には大きな謎だけが残る。


終わり方が鮮烈 ★★★★★
実名小説ということで雑誌のゴシップ記事に対するのと同じような興味があったのだが、薫りたかい作品に出合えてよかった。
本の紹介に「親友の妻と恋に落ちた時、彼らの地獄は始まった」というとおり話は北村太郎と田村隆一の妻明子との関係を中心に進んでゆく。
しかし僕には「恋に落ちた」こと自体が感覚として納得できない。もちろん五十になっても六十のなっても心には瑞々しいところがあるから異性を惹かれたり好きになったりすることはあるだろうが、その様な心の動きを否定はしないまでも統制はするというのが妻子がいるという状況を作った人間としての責任だろうと思う。というように考えるのが僕のような散文的な人間であって詩人は「恋に落ちる」のかも知れない。
僕にとっては、明子との関係より阿子との関係のほうが生々しく実感できる。性的な描写があるから生々しい実感があるのではなく、多発性骨髄腫という有効な治療法のない病をえた六十すぎの男の心の在り様がわかる。もちろん、阿子と知り合った時点では病気は存在していなかったが、阿子に傾斜してゆく心の動きのほうが明子と「恋に落ちる」よりずっと共感できる。
時が流れ六九歳で死去。
結末に阿子の視点で語られる部分があるのがいい。
最後の4行が鮮烈。
みなさん、この本を読みませう ★★★★☆
おもしろかった。じつに!
翻訳物が日頃の読書の8割を占めている活字中毒患者として、久々に面白く読めた「和物」である。扉を開いたあと、え〜、あの北村太郎にこんなあ〜。とか、「田村あ〜 おまえ」とかいった感じの数時間を過ごした。
ねじめ正一と名前は知っていたが、彼の作初体験で参ってしまった。
みなさん、この本を是非々々読みませう。
恐ろしいほどの晩年 ★★★★☆
昔作者のねじめ正一さんがNHK教育で詩人を紹介する番組の進行役をやっておられました。
その番組が好きで毎回見ていたのですが、その中で紹介された北村太郎。紹介された詩の素晴らしさと共に波乱万丈な人生も興味深いものでした。


この本を読んで改めて北村太郎という詩人が、もとい詩人というものをより深く知ることができたように思います。
まず、まるで人の日記を盗み見ているような気分になるほど詳細に調べ上げたねじめさんに拍手を。
私はこの本を読むまで、恋愛事件を起こした後は明子さんと二人で幸せに余生を過ごされたのだと思っていましたが、決してそうではなかったようです。

田村隆一の妻である明子と知り合ったことから平凡な人生に幕を告げ、怒涛の晩年を迎えることとなった北村太郎。
もしかしたら彼はそうなることを心のどこかでずっと願っていたのかもしれません。
平凡なままでは、詩が書けなかったから。書きたくても書けなかったから。
もしかしたらそんな北村の心の声を聞いた神様が、図らずもそう仕向けてくれた。
だから平凡で幸せな人生から自分を切り離し、あえて茨の道のような人生を選び取った。
読後にそう感じました。
事実恋愛事件を起こす前は2冊しか詩集を出していなかった北村は、恋愛事件後堰を切ったように何冊も詩集を出しています。


雑誌連載されていたためか、何度も同じ説明が出てきたりして若干くどい部分もありますが、途中からこれも作意かもしれないと思いました。
北村の晩年のように荒々しくてちょっとくどい文章。
正直これが作意だったら相当なものですが・・・。
よそごと小説 ★☆☆☆☆
実名小説である。詩人・北村太郎を主人公に、友人・田村隆一の妻と不倫の恋に落ちる、その経緯を細かく描いている。何か資料があったのだろうか。しかしいくら資料があっても、会話の細部まで分かるわけはない。だから想像であろう。いかにも面白そうな内容なのに、面白くない。人物や会話が、類型的だからだ。もう一つは、会話を細かく書きすぎているからだ。もし私小説であれば、再現された会話はもっとリアリティーを持つが、よそごと小説だと、それが出ない。昔の瀬戸内晴美も、よくこういう文人の恋愛を描いたが、しかし遥かに遥かに上手であった。瀬戸内なら、会話の量をもっと減らし、事実をして語らしめただろう。なるほど、小説が下手というのはこういうことかと納得した。中央公論文藝賞受賞。