《展覧会の絵》(1993年9月ライヴ録音)はチェリが絶対の得意としていたレパートリー。テンポは非常に遅く感じられるかもしれないが、冒頭「プロムナード」の朗々としてしかもふくよかなトランペットの響き、「小人」での這いずり回るような弦の精妙な弱音、「古い城」のアルト・サクソフォンで濃厚に漂うロシアの田舎の匂い、「ブィドロ」の鬱々とした行進などを聴いているうちに、これこそ、密度の濃い響き自体が必然的に求めている正しいテンポなのだということが理解できる。音楽がこれほど無限のニュアンスを表現することが出来るのかという思いに打たれずにはいられない。「カタコンブ」のまろやかで威厳ある金管の響き、「ババヤガーの小屋」のグロテスクで異様な描写も素晴らしい。最後の「キエフの大門」では、止まりそうにのろくたっぷりとした着実な歩みと深い呼吸のうちに、気の遠くなるほどの巨大なクライマックスが形成され、聴く者の魂を震撼させずにはおかない。孤高の指揮者チェリビダッケの魅力を知るには格好の入門となる1枚である。(林田直樹)