ピアノを演奏される方にも聴くのが好きな方にもお勧めします
★★★★★
他書にみられない本書の特徴をまずご紹介します。
それは音楽史家としての深い知見が、プロのピアニストとして
演奏の快楽(身体感覚)を味わった人間の言葉として語られて
いる、という点にあると思います。
クラシックになれていない人間にとってはピアノ演奏は
不思議に満ちています。
演奏中に天を仰いで遠くを見つめる大げさな身振り、
音色に影響があるのかないのかよくわからない鍵盤への指使い。
そうした点について、「演奏」という行為への理解をふまえたう
えで、きちんと語ったものは、ありそうでないように思います。
レコーディングにおけるスプライシング(加工)についての
見解や、公共的演奏における聴衆の誕生が作曲に与えた影響
の分析に見られるように、音楽史家としての深い洞察も勿論
ためになります。
そのベースにあるのは、感動をあたえる音楽はどういうものか
という点に何度も立ちかえる著者の視点です。
ピリオド楽器での演奏や、原典へ立ち返ることの重要性にふれ
つつも、それは常に開かれた状態に自分を置く為であって、
固定化した方法論(正さ)を確立するためではない、という
ことだと思います。
過度に審美的になることもなく、非常にバランスのとれた
まさにピアニストとして実際に生きてきた人のいつわらざ
る言葉だと思います。