異分野の両者を結びつけたのは、明恵(みょうえ)上人という。明恵上人は、特異な夢の記録『夢記』を残した鎌倉時代の名僧である。夢の分析家河合隼雄が明恵を研究する過程で出会ったのが、白洲正子著『明恵上人』だった。明恵の夢を「信仰を深めるための原動力」ととらえ、「夢と日常の生活が不思議な形でまじり合」っていると述べる白洲のこの書に、河合は数ある明恵研究書の中で最も感銘を受け深い共感を覚えたという。出会いとその後の親交が、河合の前書きや思い出の記には愛情込めて書かれていて、明恵を媒介に始まった2人の信頼関係が本書に血を通わせ、河合隼雄編集による白洲正子追悼集の趣にもしている。
明恵のほか、世紀末、能、かくれ里、青山二郎、両性具有、西行など、白洲の著書から選ばれたテーマが、聞き上手の河合に導かれながら、わかりやすく展開されていく。中でも、「能の物語・弱法師 翁からの変奏曲」と題された対談では、4歳から能を舞ってきた白洲の、実際の舞台の全体にわたる演者ならではの発見に対し、たとえばシテとワキの関係についてなど、精神病者と治療者の関係に照応させながら、河合が臨床心理学的に分析し、身近な問題として肉付けする。1冊能の本を読んだくらいの内容の濃さも、話し言葉ゆえの風通しのよさで、とても読みやすい。(中村えつこ)