それにしても、「カオスモーズ」とは印象的なタイトルだ。似たタイプの造語としては、ウンベルト・エーコが「カオス(混沌)」と「コスモス(宇宙)」を組み合わせてみせた「カオスモス」という先例が挙げられるが、それを意識してか、ガタリはここにさらに「オスモーズ(浸透)」という含意をも加えて、オートポイエーシスや精神分析への関心を軸に、「メタモデル化」「美のパラダイム」「生態哲学」といった多彩な話題を取り上げ、自在に横断していく。この軽やかさは、前述の2冊の大著に一貫する方法論そのものであるばかりか、生前アルジェリアやべトナムの反体制運動などに深く関わった活動家としてのフットワークにも十全に対応しており、一見奇矯な本書のタイトルの必然性が強く実感される。
本書の内容は高度で抽象的であり、また政治的には過激な主張も散見されるのだが、その語り口はあくまで優しく、また文体はあたかも結晶のように美しい。これは、本書がもともと内包していた魅力に加え、著者の個性を十分に汲み取った上で、難解な原文をですます調の丁寧な日本語に移植した訳者の努力による部分も大きいのだろう。最良のタイミングを逸した感は否めないが、それでも本書は今なお味読に値する輝きを放っている。(暮沢剛巳)