「民主主義」の謎に迫る
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予算が足りない、増やすのは難しいので節約し、減らせるところは減らす、或いは消費税をアップする、そんなことしか言われないのは不思議だ。直接税の累進率を上げればよいではないか?
著者の主張は上記の如く、シンプルであり、巻頭にある「多くを得たところから少ないところに移すことをするのがよい」という基本理念に貫かれていると言える。
1980年代から今日に至るまであまり目立たないうちに(?)日本は所得税の累進課税率を大きく緩和してきており、それがこの間の日本の財政事情の悪化に幾分かなりとも関与しているはずであるにも拘らず、確かにそのことが大きく取り上げられることはほとんどない気がします。
本書は、わが国の直接税の累進率緩和に当たってどのような議論がなされてきたのか(具体的には「労働インセンティブの問題」、「(高税率を嫌っての)海外逃避・流出の問題」など)その正当性は如何程のものか、ということを詳細に検証した内容になっています。
先の参議院選挙で菅総理の消費税増税発言が民主党を敗北に追い込んでしまったようですので、直ちに消費税の見直しということはなさそうですが、その間に直接税の累進税率が大きく取り上げられることもないのでしょう。(選挙期間中、民主党は消費税増税と併せて直接税の行き過ぎた累進率緩和の再検討も謳っていましたが、それが議論の的となることもなかったような気がします。)
著者の主張自体真っ当だと感じますが、それを差し置いても、その問題意識の希少価値の大きさを考慮して★5つとしました。
経済学者の言説を丹念に分析する
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主著者である立岩は大著私的所有論で知られる社会学者である。生命倫理や障害学にかんする考察が多いので、いきなり経済学や税金の話をすることに面食らうひともいるかもしれない。しかし、生命や生存を考えるとき、当たり前だがお金の話は重要である。ひとはまずもって生物学的な生存を保つために、財が必要であるのだから、その財をめぐる話として1つ、経済の話が出てくるのは、当然のことである。
さて、「生きたければ生きてよい」と言えるための社会をつくるために、立岩の主張は明快である。それは累進課税の強化である。つまり、少なくともこの国においてこのところ弱くする方向へ働いてしまった所得税の累進性を元に戻すだけで数兆円がつくりだされることになるらしい。それを生きるために足りない人のために回す。あるいは、生きることに困難があるひとを援助する側に回す。しごく当然のことを立岩は言っている。しかしながら、経済学者や税制調査会はそうは言わない。だとすればそうは言わない方が誤っている。どのように誤っているかについて立岩は粘り強く思考し、指摘する。この本は「経済学者の言説分析」としても読める。しかしなぜ、このような仕事を経済学者がしないのであろうか。
ただ、立岩は「なぜ経済が大切なのか」について、「経済的な問題では片がつかない問題を考えるためにこそ、経済的な問題を考える必要がある」と思っているようだ。私もまたそのように思う。「他者による肯定・承認を求めてしまうことも、紐帯・連帯を求めてしまうことも、[中略]すくなくとも、唯の生が許容されない時に大きくなり、そしてそれはときにかなえられず、それで人は悲しくなってしまうのではないか」(pp.31-32)。ひとがただ生きていられることを実現する社会のためにこそ、「即物的」な話が必要なのである。
累進課税という当たり前の事の擁護
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当然、「金持ちから取ればいいでしょ」「金持ちから貧乏人に回せばいいでしょ」という一見当然の主張には反論が来る。あなたも実際このような台詞とそれに対応しての「金持ちが海外に逃げてしまう」とか「競争率や意欲を下げてしまう」という常套句的反論には聞き覚えがあるかもしれない。著者は累進課税に対する代表的反論をこの二つに分け、丁寧に丹念に論理的に検討し、反論していく。(前者は四章「流出」、後者は三章「労働インセンティブ」で扱われる)本書の目的及び内容はそのようなものだ。それは分配のために税を使う、税の累進性を今よりは高くし、金持ちから貧乏人に金が回るようにする、という当たり前の「税の直し方」を説くものと言える。
尚、上記のような内容の立岩氏の文章は大体200頁程度まで。その後の二部は立岩氏以外の二人による資料集的な内容となっている。こう言ってはなんだか時間などに余裕がない場合は必ずしも読む必要はないと思われる。(無論、格差や貧困に関する関連書籍の丁寧かつ膨大な紹介などの有意義さを否定するわけではない)また冒頭には要約的短文が付いているなど、なかなか丁寧な作りの書籍である。
立岩氏は哲学然とした特徴的で癖の強い文章を書く事で知られ、私は大好きだが人によっては読みにくいとも言われる。だが無駄に難解な用語を使ったり論理が錯綜していたり、話が飛び飛びになるといった読みにくさでは断じてない。むしろその逆で非常に論理的な文章であるので、本当は何より分かりやすいはずなのだが、あまり粘り強く論理的に語られすぎるので、感情的にでもパパッと激しい言葉で済ませて欲しい人には読みにくいという事になるのだろう。だが集中して考えながらその論理を辿っていくよう読めば話の骨は至って(いい意味で)単純明快である。そうすれば読者が置いてかれるような事もないと思われる。お金が足りないなら金持ちから持ってこればいいじゃないという念を簡単には捨てたくない人には是非とも一読を薦めたい。
政権交代後の税制論議の行方
★★★★☆
ここ1年ほどの間の税制議論では、間接税の議論ばかりがなされている。
消費税を社会保障目的税にすることによる、税率の引き上げの可否の議論、ガソリン税などの化石燃料への間接課税の暫定税率の引き下げ、あるいは充当目的の変更の議論。
しかし本書では、間接税の議論もさることながら、直接税の税制について、
・所得税の累進強化(というよりも、過去への復帰)
・法人課税の継続(そして、所得課税との斉一化)
を主張している。
また、大事なことは、これらの税制「改悪」を進めてきた論拠の虚妄性、つまり、実は根拠がはっきりしないことを、淡々と論じている点だ。
今回の選挙(2009年8月末)の結果、過去の税制論議の虚妄性の呪縛から解き放たれ、これまでの所得税のフラット化、法人税課税率の軽減による直接税の「崩壊」による財政破綻をどうするか、また、既存の政党政治下において常に先送りされてきた資産課税強化、贈与相続税という資産の世代間移転における税負担の問題について真剣に考えることができるようになるだろう。
いわば「多くある人は、少なくある人よりも、より多く負担する」という当たり前の税制議論がなされることが、少なくともこれまでよりも期待され、本書はその先駆けとなるのではないだろうか。
ただし、本書の第2部は、正直斜め読み以上には食指が伸びない。この70ページほどを削り、本文の註を削除して、新書形態で発刊すべき本であはなかったのだろうか。正直、ハードカバー2200円は高いと思う(一方で、新書として発刊すると、新書ラッシュの中に埋没してしまうような気もするが)。
勿論だからと言って、一種の政治的宣言として、非常に意義深い問題提がなされている本書第1部の価値が下がるという訳ではないのだが・・・。
税のあり方について考えさせる本
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本書は社会学を専門にする大学院教授と院生2名による共著で税に関しての本である。
第一部では立岩教授が様々な文献をあたりながら税のあり方について非常に有意義な提言を行っている。第二部では院生の村上氏による所得税の累進税率変更試算(1987年の税率に戻した場合)ならびに橋口氏による格差・貧困関連文献が掲載されている。
先日衆議院選挙が行われたが、その前にテレビや新聞などのメディアでは医療崩壊、介護問題、失業、格差、貧困などの対策(財源)として消費税を上げることばかりに焦点が当てられ、その他の選択肢(つまり累進税率の強化)が議論の中に出てくることはほとんどなかった。しかしながら、所得税の累進税率が以前下げられたままであり、定率減税が廃止された今、次の選択肢としては所得税の累進税率を元の水準に戻すことであってもよいはずだ。一部のお金持ちの人だけを優遇する必然性はない。累進税率を上げることによって指摘される懸念である労働インセンティブの低下や海外への逃避については事前に対策を打てばよいのではないだろうか。村上氏の試算は所得税の累進税率の強化により財源ができることをあらわしている。また、橋口氏の文献紹介は現状がよくわかるとともにわれわれが読むべき本も記されているので非常に有意義である。
政治を動かしている政治家・官僚の方も含め、多くの人に読んでほしい一冊である。