ミステリー作家京極夏彦が、斬新な解釈を施して現代に蘇らせた「四谷怪談」。4世鶴屋南北の最高傑作とされる『東海道四谷怪談』とは趣の異なる、凛とした岩の姿が強く心に残る作品である。直助やお袖、宅悦や喜兵衛、お梅といった南北版の登場人物に、自身の著作『巷説百物語』の主人公又市をからませながら、伊右衛門とお岩が繰り広げる凄惨な怪談話を、悲恋の物語へと昇華させている。第25回泉鏡花文学賞受賞作品。
小股潜りの又市は、足力按摩の宅悦に、民谷又左衛門の娘、岩の仲人口を頼まれる。娘を手ごめにされた薬種問屋の依頼を受け、御先手組与力の伊東喜兵衛に直談判した際、窮地に立たされた又市らを救ったのが又左衛門だった。不慮の事故で隠居を余儀なくされた又左衛門は、家名断絶の危機にあるというのだ。しかし、疱瘡(ほうそう)を患う岩の顔は崩れ、髪も抜け落ち、腰も曲がるほど醜くなっていた。又市は、喜兵衛の1件で助っ人を頼んだ浪人、境野伊右衛門を民谷家の婿に斡旋するが…。
岩を裏切る極悪人である南北版の伊右衛門を、著者は大胆にも、運命に翻弄される不器用で実直な侍として描く。また、幽霊や怪異を持ち出すことなく、人間の心のおぞましさを際立たせることよって、最大の恐怖を生み出しているのも大きく異なる点だ。首を吊った妹の仇を討つ直助の慟哭、喜兵衛に犯されたお梅の悲劇、悪逆非道な喜兵衛の卑劣さ、「伊右衛門様は何故幸せにならぬ」と叫びながら鬼女と化す岩の狂気。彼らの情念のおどろおどろしさを重層的に、丹念に描写することによって、著者は奥行きの深い、きわめて現代的な怪談を作りあげている。(中島正敏)
魑魅魍魎よりも寧ろ人間の方が恐ろしいのだ
★★★★★
まず、初めての京極作品でしたので、当て字や昔言葉に戸惑いました。ですが章ごとに主人公が違い、様々な視点での展開を楽しめたので、さほど難読ではありませんでした。
そしてなにより、驚愕したのは物語りもさる事ながら、【文章がページを跨がない】と言う点でした。これは言われてみなくては解らないような些細な事のように思えますが、これも作者の拘りらしいのです。読みやすく感じたのはそういった文章構成技法のお陰かと物凄く感心しました。嘘だと思うならページを捲って確かめてみてください。そして他の本と比べてみてください。他の本は文章がページを跨ぎまくりですから。
さて内容ですが、言わずと知れた四谷怪談のお岩と伊右衛門の怪談話のリメイクです。私の浅い知識では、オリジナルの方は伊右衛門に殺されたお岩が、祟り、化けて出る。と言うまるっきりの怪談です。ですがこれは、魑魅魍魎、化け物の類は出ず、それらのおぞましさではなく、人間のおぞましさや、それぞれの感情を顕著に描き、寧ろ人間の方が化け物なのだと言っているようです。また、その中で翻弄される伊右衛門とお岩の愛、まさに純愛の物語です。伊右衛門は生真面目を絵に描いたような優しい男で、お岩は顔が崩れてしまっても尚、凛とした武家の娘です。
最後の場面に至るまでは理解できるのですが、お岩が居なくなってからいつの間に戻ってきて箱の中に入ったのか?いや、入れられたのか?それだけが謎のままです。ですが、二人の愛が如何なる形であれ昇華し成就したならば、そんな事は最早関係ないのではと思えてしまってならないのです。
なおこの作品は【第25回(1997年)泉鏡花文学賞】受賞作です。
後世に残すべき名作
★★★★★
断言する。
後世に残すべき名作。
極上のラブストーリー。
いや、ラブストーリーなんて表現はやめよう。
恋愛小説、恋愛映画なんて嫌いだという人が多いから。
俺もその一人。
だけど、この本は違う。
恋愛モノ嫌いでも、充分に、いや、充分以上に楽しめる。
京極作品で、初めて読んだのがこの『嗤う伊右衛門』。
テーマは四谷怪談。
ホラーでもない、甘い恋愛小説でもない。
胸に迫って迫って仕方がない、そんな小説だった。
その後、京極作品を色々読んだが、この本に勝る京極なし。
この本を読まずに『姑獲鳥の夏』あたりを読んで、
「京極夏彦って、なんか苦手……」
と思っている人がいたら、今作をぜひ読むべし。
俺も『姑獲鳥の夏 』系は苦手。
切なすぎる愛の物語
★★★★★
京極夏彦の本はよく読んでいたんだけど、これはなぜか敬遠。もともと四谷怪談とか、怪談ものは好きじゃなかったのもある。でも食わず嫌いだったな。
この小説は全く怪談ではない。お岩と伊右衛門の悲しい愛を描いた恋愛小説と言うべき。
お岩の性格描写が巧み。武家の娘とはこうだったのだろう。そして彼女が狂わなければならなかった悲しみ。読んでいて胸が詰まった。
最後のラストシーンの美しさをたとえようがないぐらいだ。
京極夏彦による新「四谷怪談」は、悲しいラブストーリー
★★★★★
京極夏彦=妖怪ものとくれば、新説四谷怪談もこうなるのかと感心した次第。それもまったくのフィクションではなく、「江戸雑話集」などの故実にのっとり、非現実的なホラーが、ミステリー小説に生まれ変わっています。伊右衛門やお岩の人物像も大きく変更されており、もともとの怪談話より、リアルな愛の物語へと昇華されており、作者の力量に脱帽するばかりでした。こちらのお話の方が、怪談話より数段いいですね。
これも、恋か
★★★★★
かの有名な「四谷怪談」をベースにした物語です。
しかしこの作品は、私の持っていた四谷怪談のイメージを思いっきり覆しました。
笑ったことのない生真面目な浪人、伊右衛門。
気高くまっすぐな意志を持つ美しい女、岩。
しかし岩の顔の左半分は、病によって醜く崩れてしまった。
ふたりの周りの人々は、みな心に闇のようなものを持っている。
罪悪感、嫉妬、得体のしれない苛立ち、それらが引き起こす惨劇を、何一つ飾ることなく描ききっている。
その悲劇に翻弄されながらも、すれ違いながらも、ふたりは愛し合った。
たとえそれがどんな形であっても、美しかった。
これは幸せな物語ではありません。
しかし、私たちが思う幸せとは違う幸せもあると、考えさせられる一冊だと思います。