本書は、否応のない境遇に反旗を翻したひとりの女性の物語だ。運命に翻弄され、それに決して服従しない魂が出会った苛酷な事態が、上下2巻の詳細な口述筆記をとおして語られている。訳文は読みやすく、優れたノンフィクションという以上に、エンターテイメント活劇として1級品の魅力がある。
インドの文盲率は60パーセントだという。これはカースト制度の遺習によるもので、国家の教育制度をうんぬんする以前の問題である。つまり、プーランは国家を超えた社会・文化のすべてに向かって反逆したのだ。
11歳で結婚を強いられ、虐待されて婚家を追われたプーラン。その後に待ち受けていた村八分、レイプ、盗みの濡れ衣。盗賊に誘拐されて変転を始めた皮肉な運命と、復讐を契機に始まる人間的な覚醒。圧倒的で底のない社会制度の中で、プーランが見つけ出したものに拮抗する言葉は、彼女自身の次のコメントをおいてないだろう。
――わたしは敬意を払ってほしかった。「プーラン・デヴィは人間だ」と、言ってほしかった。(今野哲男)