全体的に分かり易く書かれ、内容も非常に面白い
★★★★★
本書は、神経科学者でもある筆者が、脳の仕組みを一般の方々に身近に感じてもらえるようにしたいとの思いで執筆されたものである。特に、人を含む霊長類は、特に見るということに脳の働きは驚異的であり、脳の神経細胞のふるまいが外界の物体や事象を表しており、神経科学者はこの暗号の解読を試みていると表現されている。その言葉のとおり、現代でさえ、脳の根本的な仕組みはほとんど解明されておらず、脳の一部が損傷する事例でもって何の機能が損なわれるかという事実が積み重ねられてきたにすぎない。
相変わらず、脳のニューロンのなかのイオンの流れがいったいどうやって感覚や質感を生み出せるのかという「クオリア問題」と、自己はどうやって生みだされるのかという問題は解決していない。とはいえ、全体的に分かり易く書かれ、内容も非常に面白い。
「脳の中の幽霊」をより噛み砕いた内容の一書
★★★☆☆
脳神経科学の現場の息づきを伝える素晴らしい啓蒙書としての前書「脳の中の幽霊」をより噛み砕いた内容の一書。それもそのはず、各専門分野の第一人者に依頼して一般の人向けに始められた英国のリース講演会(英国放送協会BBCの初代会長であったリース卿が始めた講演会)での講演内容をまとめた一書であることからもそれは頷けます。
そういう意味で、より直截で切り口が鋭くかつ深い説明がなされていた前書よりも各項目に対する説明も軽くなっています。それを良しとするかどうかは各読者の判断にお任せしますが、私個人としては前書を読んだときほどの知的興奮は得られませんでした。基本的には前書で彼の言わんとすることは全て述べられていますので、前書の後に続けて本書を読んだ私にとってはその内容が目新しいものでなかったからでしょう。そういう意味では、本書を読んでから、より詳しい前書に進む方が順番としては適切かもしれません。
しかしながら、進化的意味合いを切り口に、生物としての人間が持っている種々の特質を論じていく辺りは、この著者の真骨頂です。思考実験の域を超えていない仮説もありますが、それらに関しては是非とも実際に実験で確かめた結果を次の書で報告してもらいたいですね。例えば、実際に人が何かをなそうという「意志」を自覚する一秒近くも前に、実は脳波でモニターされる脳内事象が発生しているという報告に関する著者の仮説を証明する実験などを含めて、著者の今後の研究活動にいやが上でも興味がそそられます。
本書にも心に留めておきたい言葉がいくつか見られます。特に本編最後の「人類の安寧福祉ほど重大な事業はありません(中略)政治も、植民地主義や帝国主義も、戦争も、人間の脳から生まれるのです」と言う、脳が人間活動の全ての根本であるとの主張は心から賛同できます。脳神経科学に限らず、科学とは人類の安寧福祉に貢献できる学問でありかつ人間のみがなし得る文化活動なのです。
本書の最後に引用されている、浜辺で打ち寄せる波を眺めながら宇宙における人間の存在に言及した「この私は、原始の宇宙、宇宙のなかの原子なのだ」で締めくくられる物理学者のリチャード・ファインマン博士の言葉は、著者の心に一生留め置かれている言葉だと思いますが、私の心にも一生留めておきたい言葉となりました。
最新の脳機能研究は面白い、しかし前著の続編としてはやや肩すかしな面も
★★★★☆
脳神経学者であるラマチャンドラン氏の著作を邦訳した書。脳のはらたきは部位によって決定されるため、その部分に限定した障害を持つ患者を調べることで、本来の機能が推測できる。また、たった一箇所の部位に障害が起こるだけで奇妙な症状を見せることがわかってきた。本書では、多くの患者を詳細に調べた結果、わかってきた脳のしくみや、心とは何かという人類不偏の疑問についての現代の解釈を、一般人への講演会に用いられた原稿に加筆修正した内容を収載している。前著『脳のなかの幽霊』とは異なり、難解な文章は少なく、広い読者層を対象にしていて、(知識に応じて)数時間から数日あれば読破可能。
内容はきわめて面白い。たとえば、腕が動かなくなった患者が、『自分の腕は動いている』と言い張る脳のしくみや、数字に色が付いて見えるという症状の原因などが示されており、これらは最終的に、心とは何かという疑問や芸術に心を惹かれる理由にもつながるとしている。
本書の難点は、前著と比較して情報量が激減していることと前著との重複が多すぎることである。そもそも、原題は"The emerging mind(現れ来る心、または心の起源)"であり、『脳のなかの幽霊』とは独立した書として制作している。内容も、前述の如く、一般人への啓蒙を目的としているのだが、やや日本人にはわかりづらい訳(メタファーやマッピングなど)も見られる。図の頻度はややふえたものの、たとえば紡錘状回を説明すべき図中に、紡錘状回がどこを示すのかが記載されていなかったり、患者の脳機能を調べた検査写真で基準とすべき健常人の結果が示されていないなど、やや不適切な提示がされている。さらに最終章は哲学的な考察に踏み込みすぎて、それまでと比較して難解な文章も多く、当初の目的である一般人への啓蒙には沿っていないようにも感じる。
論拠となる論文が巻末に提示され客観性は担保されていることと、専門用語についての注釈が記載されているので、教養書としても読み物としても十分面白いが、書のタイトルから前著の続編として購入したならば、少し肩すかしのようにも感じる。二匹目のドジョウをねらわずに、原題に忠実に出版してほしかった。上記理由により星4つとした。
人間精神の革新的真実を分かり易く説く良書
★★★★★
この本で確信させられたことは、著者のラマチャンドランも断言するように、精神医学が神経科学の一分野になるに違いないということだ。
かつて、精神分析学者や心理学者が人間精神の謎に挑み、ある程度の成果はあげながらも、実に奇妙な主張も唱えてきた。また、なぜ精神がかくのごとく逸脱を起すかについては、精神医学とは別に、宗教あるいは神霊などの神秘学、さらには、似非科学によって、我々は散々引っ張りまわされ、つい妄信させられることもあった。しかし、神経科学の純然たる研究成果は、それを古い時代の亡霊として扱えるよう我々を進歩させる。
世界中で幽体離脱(霊魂が肉体を離れる)の話があるが、これも脳の研究により、ありえる錯覚であることも分かった。
また、世界的ベストセラー「ぼくには数字が風景に見える」のダニエルの不思議な感覚もあっけなく説明がついてしまう。
芸術への洞察も、十分とはいえないながら面白い。なぜ我々が芸術作品に精神的興奮を起すのかも分かる。芸術家を目指す方にも参考になるはずだ。
文句無く面白く、しかも、我々一般人が知るに十分なことを分かりやすく解説してくれる著者は善意に満ちた科学者であると思う。
訳がイマイチと感じました
★★★☆☆
人の認知や思考には理性だけでなく、
感情が役に立っているという話や、
母親と感じられない、数字に色が
ついて感じられるなど、色々な
精神的な症状から、逆に脳の機能を
推測していくという内容はとても
面白かったのですが、私には
翻訳が医学論文的で読み物としては
こなれていない感じがしました。