エンターテインメントではないルポルタージュこそ
★★★★☆
全国紙の購読をやめてから5年になる。この間、文字が大きくなり、視覚的には読み
やすくなった半面、本格的なルポや連載が減って、行政当局発表ネタと雑報の占める
比率が高まった。そんな消費物めいたものにわざわざカネを払いたくない。ほどなく
某英字紙を購読するようになった。広告は少ないし、紙面も充実している。署名記事
やコラムが面白い。当分は全国紙など取る必要はない──。そう思っていたある日、
書店でたまたま「ルポ」と冠する本書を見かけ、著者の略歴を確かめた。『朝日新聞』
の編集委員が「労働現場の実態を追う(帯)」とあった。本当にそんなジャーナリズム
がまだ生きているのだろうか、といぶかりながらもレジへ持って行った。
あえて衝撃は受けなかった。すでに『週刊東洋経済』の風間直樹記者『雇用融解』や
山田昌弘『希望格差社会』などはずいぶん前に読んでいた。そしてなによりも私自身
が、大学を卒業してからの数年間を非正規雇用で雇われ、金銭的にも精神的にも苦し
く暮した時期があった。だから、この本については「何を今さら……」と思わないで
もなかった。
しかし、大手全国紙の大物記者がここまでの1冊をまとめた功績はそれなりに認めて
あげたい。広告収入激減・購読者数右肩下がりの今日、手間・ヒマ・カネがかかる
調査報道に力をそそぐのは簡単ではないだろう。こういう仕事にもっと本腰を入れる
のであれば、私も再び『朝日新聞』を購読するかもしれない。
ここで再び「しかし」と思わずにはいられない。本書の終章「現実からの再出発」で
デンマークや他国のセーフティネットが挙げられている。セーフティネットを整備
するだけで解決する問題なのだろうか。もちろんセーフティネットをろくすっぽ構築
もせずに派遣業の規制緩和を断行した当時の為政者は失政の責めを負うべきだろう。
けれども、それだけでは<どうしてこんな世の中になったのか>という問いには答えら
れずじまいだし、<これからはどうすべきなのか>という展望も持てない気がする。
現代が抱える格差・貧困の問題は、雇用の一面だけを切り取ってあげつらえるほど
簡単なことではない、と個人的には考えている。取り組む題材は広範囲にわたるし、
困難かもしれないが、より長いスパンでここに至った経緯を調べて、細かい分析を
してほしいと思う。
ニュースをエンターテインメント化する最近の風潮に流されてはいないようので、
本書の★は4にさせていただきます。エンターテインメント化し始めた情報産業の
波に飲まれず、ジャーナリズムを追求していって下さい。
悪徳企業やタコ社長に鉄拳を
★★★★☆
正規、非正規労働に関わらず、法律無視でやり放題の悪徳企業、人でなしのタコ社長など金儲けは上手いかもしれぬが、鬼畜にも劣る連中に対して行政はあまりにも甘いのではないか。特に地方は仕事ほしさに大甘である。逆に労災の申請や失業給付など労働者に関わることには奇妙に厳しいように思える。もっとも労働基準官署などはろくでなしの役人が行くところだと聞いているが。
もはやモラルの問題ではなく最低限の労働基準法さえ守れない企業や経営者には厳罰で取り締まるべきではないのか。
労働環境の現状を把握するにはいい本
★★★★☆
労働環境の現状を把握するにはいい本だと思う。1章から5章まで、派遣切り、製造業派遣の現場、労災隠し、正社員の削減に翻弄される非正規社員、民間企業だけでなく、公務員における正規社員と非正規社員の格差(官製ワーキングプア)、名ばかり正社員の現状を紹介している。6章で非正規社員の不満の受け皿になっている「ユニオン」の活動について紹介している。最終章ではデンマークとドイツの事例について紹介してある。本書は解決策が記載されているわけではなく、あくまで現状を映し出しているといえる。
2002年以降景気が回復していたが、それは「人件費削減」によってなされたものである。2008年秋のサブプライムショックによって、業績が悪化し、非正規社員から切られるという状況になっている。非正規社員が進んでそんな契約を結んだんだから自己責任ではないかという声もあるが、働き方の劣悪化は、誰かが怠けていたわけでもなく、自己責任でもない。非正規社員も含めた人を大事にする経営を大事にしてもらいたいものだ。
私の未来
★★★★★
友人、知人からいかに会社での雇用状況がひどいかと言う話は聞いていたが、自分の周りだけではごく限られた人の体験談だけである。しかし、この本を読んで、色々な業種、職種で同じような「ひどい」「まずい」状況になっていることが確認できた。一人ひとりの体験だと、あきらめるしか方法が
無いように思えるが、ユニオンなど誰かとどこかで繋がるチャンスを得れば一人でも今の八方ふさがりな状況から脱出する事は可能であると言う希望も持てた。小泉内閣の「自己責任論」PRによって多くの人が「自分が悪いのだ」と思い込んでいる状況を、そうではなくて社会システムの問題であるのだということを気づかせてくれる一冊です。これからを生きて行く私達が、デンマークなどのようなセイフティネットを作って行くためにはどうしたらよいのか?先の見えない日本の未来に不安しか抱いていませんでしたが、今の状況を打破して未来を繋いで行くために何かしなければ!と思わせてくれる1冊です。「ワークシェアリングの実像」も良かったですが、これもいいです!
進む財政悪化の中で、支出の削減と声高に叫んできたツケはあまりに大きい。
★★★★★
先日のある雑誌に、派遣社員が製造の中心になっている国内工場で作られたキヤノンのカメラに故障が増えてきている一方で、タイに主力工場を移したニコンの一眼レフの品質は高くほとんど故障が見られないと言うような記事をみた。
本書は、進む非正規社員化の中で日本の雇用の現場に起こりつつある数々のゆがみを、現地を歩いて取材をした記録である。
それにしても、製造現場だけではなく、公務員や教員にまで進む非正規化のなかで、多くの問題点が噴出していることに危機感を強く感じる。
非正規社員の雇用の不安定さ。一方で正社員に進む過重労働。改善提案は黙殺され、提供される商品やサービスの品質は低下していく。
バブル崩壊後に日本が進めてきた改革とはいったい何だったのだろうかと考えさせられる。
このような中で、日本が進むべき道としてしっかりと雇用のセーフティネットが築かれ、これが解雇も再就職も容易な社会ができているデンマークの取材があげられている。
進む財政悪化の中で、支出の削減と声高に叫んできたツケはあまりに大きい。