鋭い洞察力、と言えば味気ないが、人の営みに繊細な視
線を注ぎながら小説を書いてこられたのだと思う。
死期が迫る中、帽子に関心を抱く妻のために、専門店で
サイズを確かめながら帽子を買い求める夫の姿を描いた表
題作「帽子」。「自分の妻なら帽子を欲しがるだろうか」
と思いながら読んだが、「美味しいみかんが食べたい」と
は言いそうだな、と考えたりもする。恐らく小生の方が先
に死ぬのだろうが、やはり食べ物に執着すれば妻は懸命に
応えようとしてくれるだろう。
生と死のギリギリの部分が取り上げられ、短編であって
も迫力と余韻を与える小説ばかりだ。本著の帯に「日常の
非日常を鋭く抉る珠玉の九篇」と記されていた。見事なコ
ピーだと思った。